第28話 僕


 あー、もう、考えれば考えるほど、蒼貂熊を倒せたのは奇跡としか思えないな。

「蔵野、大金星だったな。最初から高低差があってのダンクだもん、相当の威力だったに違いない。おまけに砕けたガラスが目くらましになったんだろうな。

 ……それになにより宮原。さっきの保健室への一射は見事としかいいようがないよ。その前の矢は蒼貂熊アオクズリに当てているし、戦果として考えたら宮原がトップだろ」

 そう言いながら2人で弓を持って並ぶと、さっき間違えて名で呼んでしまった失態を思い出す。少し照れくさくて、でもこうして見張りをしていると、視線はバリケードの隙間から廊下に向けたままでいられるのが救いだ。

 次の瞬間にも蒼貂熊が現れるかもしれないのに、僕は心のどこかでそんなことを考えていた。

 

「凄いのは私より並榎じゃん。なんせ、一番槍なんだから」

「槍じゃなくて、矢なんですけど」

 そう応えながら僕は、宮原の僕への呼び方が「くん」付けじゃなくなって、元に戻ったことに安堵していた。このまま有耶無耶でいい、そう本気で思った。


 なぜなら……。

 宮原の「凄い」なんて言葉に、僕は改めて自覚する。

 身も蓋もないけど、僕の心の中心にあるものは怯えなんだ。


 物書きだった僕の叔父さんはあこがれの人だった。僕の一人称が「僕」なのも、叔父さんの影響だ。だけど、叔父さんは若くて横死した。いろいろな思いを溜めて溜めて、それが心の閾値を越えて溢れ出したときに首をくくったんだ。それ以来、ずっと僕は怯えている。そんな自分が嫌で、武道系の部活にも入った。だけど、今回の件で、僕はそうも言っていられなくなって最前線に立った。

 ……だから。

 宮原のことは無事に帰れたら……、それからでいい。今の僕に、宮原と付き合う資格はない。


 そんな僕の内心を知るはずもなく、宮原は話を続けた。

「一番槍ってのはそういう用語だからね。刀でもなんでも戦いの口火を切った人が一番槍なんだよ」

「ふーん。そうなんだ」

 それは知らなった。

 昔の武士のメインウエポンは弓と槍だったから、敵と直接やり合う距離となったら槍で戦うのが当たり前で、だからその言い方だけが残ったかと思っていたよ。


「弓は合戦の最初の牽制で、集団で使われるからあまり一番槍とはされないんだけどね。でも、ここまでの戦果なら間違いなく一番槍」

 妙に持ち上げてくれるじゃん、宮原。

「まぁ、運が良かっただけだよ」

「ううん、もう1頭いるって見破ったのは運じゃないよ」

 そこまで言われて、僕、心が浮き立つ。だけど、ここは冷静を保たねばならないところだ。ここ、最前線なんだから、うかうか喜んでいたら死ぬ。


「球技系の運動部は、こういうところで運良くって機会もないもんな」

 そう、普段の冷静な僕なら、こういうことを言うはずだ。なにもできなかったことを気にしている連中にも、気を配ることを忘れないんじゃないかな。

 そうだ、落ち着け、自分。


「バリケード越しだし、もしかしたらバレー部なら……。でも、ボールは武器にならないよね。そんな中での蔵野のダンクは本当に凄かったよ」

「運動部の連中、みんな愚痴っていたもんな。『できることがない』って。鴻巣が、『まだ出番がないだけだ』って慰めていたけど、どう考えても出番なんてない方がいいんだ」

「そうよね。本当にそのとおり。まぁ、合唱部は本当に出番がなさそうだけど」

 笑う宮原に僕は一緒に笑い、特技が活かせないってことについてあらためて考えさせられていた。



あとがき

第29話 無謀

に続きます。


大食の侵襲、主人公を描いた挿絵です。花月夜れん@kagetuya_renさまにいただきました。感謝なのです。

https://kakuyomu.jp/users/komirin/news/16818093087685593008


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