第20話 人類の強み1


 僕は自分の案を話してみる。

「糸か、うんと細いロープが用意できるかな?

 それがあれば、矢筈の結びつけて保健室に射込む。ここは3階だし保健室は1階、距離は20mほどだから十分に成算はある。そのあとは、篭原先生にその糸に薬をくくりつけてもらえれば、あとは引っ張り上げるだけで済む」


 だけど、話したそばから反論が来た。

「いい案だが、時間的にトータルで数分はかかるんじゃないか?

 射込まれた矢に薬をくくりつける時間、そのあとその糸を引っ張り上げる時間で、だ。その間、蒼貂熊の視線を別のところに誘導しておかないとヤバい。特に、篭原先生が死ぬ」

 うん、行田の指摘はもっともだ。


 だけど……。

「糸はなんとかなるよ。ビーズのセットの中に、ポリエチレンの糸がある。水よりも軽く、鉄よりも強く、絹の輝きを持つって糸。使いかけだけど100m巻きだから、並榎くんの矢に結んで飛ばしても長さは十分に足りると思う」

 と、これは北本珠花みか。さすがだな、家庭科部。


 アベレージな男子である僕からすると、手芸ってのはわからない世界だ。だけど、面白いものを使っているんだな。で、それだけの強度があるなら、矢にくくりつけて飛ばすことができるだろうし、薬も引っ張り上げられるだろう。


 となると、やはり問題は最初のポイント、蒼貂熊の注意を逸らすことだ。

 だけど、どう考えてもそれは難しい。一番単純な方法は、ある程度遠くで大きな音を出すことだ。蒼貂熊に俺たちと同じような耳があるかどうかはともかく、音は感じているんだろうから、それが一番注意を引ける。ところが、その音を出す方法がないんだ。

 3階で閉じ籠もっている僕たちには、ハードルが高すぎる課題だよな。


「……誰か、花火を持っていたりしないか?」

 僕の問いに、揃ってみんなで首を横に振る。まぁ、そんなのが趣味のヤツはいねぇし、花火を上げる部活もないよな。

「陸上部の誰か、スタートピストルとか持ってないか?」

 続けての鴻巣の問いに、陸上部の吹上が答える。

「すまない。ない。

 アレは体育別棟管理になっちまったんだ。昔、合宿中の真夜中に乱射したバカがいたらしくてな。代わりと言ってはなんだが、砲丸投げの砲丸なら2つあるぞ。重いから、せいぜいそれくらいしか持ち歩けん」

「……それ、使えんだろ?」

 長尾がつぶやく。まぁ、砲丸で音を出すのは無理だ。戦いに使うにしても、室内で投げても高さが稼げないから、ろくに飛距離も出せないって判断だろう。初速も遅いから、蒼貂熊には簡単に避けられてしまうとも考えているに違いない。


 だけど、僕は焦って口を挟んだ。

「いや、砲丸は使える。ああ、薬を運ぶのには使えないけど、蒼貂熊と戦うのには使えるから出しておいて欲しい」

 しまい込まれたらもったいなさすぎるブツだからね。

「わかったよ」

 吹上はそう言うと口をつぐんだ。今は、蒼貂熊の注意を逸らす方法を話すときだと思っているに違いない。こういうところ、吹上ってば、状況をきちんと理解している奴なんだな。あてにできそうだ。


「今、弓を引くための筋トレで使っているゴムチューブを出す。それを使って砲丸を飛ばせないか?」

 僕は、この場にいる誰かに向かって聞いた。きっと、こういうことに詳しいやつがいるはずなんだ。


 蒼貂熊はあまりに強敵だ。僕たち個々ではどうやっても敵わない。だけど、僕たちは考えを出し合うことで蒼貂熊を出し抜ける。誰か1人の万能のヒーローがみんなを救うってのは無理でも、力を合わせることで人類としての強みは出せる。

 だから、聞くことはとても重要だと思うんだ。



あとがき

第21話 切歯扼腕

に続きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る