第19話 提案


 鴻巣は、自分の言葉の意味を説明した。

蒼貂熊アオクズリがこのままいなくなってくれればいい。だけど、居座られた場合のことを考えておく必要は誰も否定できないだろ。

 あまりに当然のことだけど、消防隊員の戦闘力は0だ。したがって、蒼貂熊に居座られたら、間藤と中島をなんとか学校から脱出させない限り、運良く消防署と連絡が取れたとしても救急車での回収は望めない。さすがに蒼貂熊も自動車のスピードでは走り続けられないから、2人を乗せることさえできればいいんだが……。

 で、これに関して言えば、間藤と中島を脱出させるだけでなく、安全に救急車に乗せるだけの時間稼ぎも必要になるということだ。おそらく、隊員の安全が確保されない限り、救急車は来ないからな。

 こうなると、担架はあった方がいい。あるかどうかわからないチャンスだけど、そのチャンスが来たときに担架がないと間藤を素早く運べず、見殺しにすることになりかねない」

「なるほど、それはそのとおりだ。俺の考えが足らなかった」

 坂本はそう言って全面的に折れたけど、場の雰囲気は和まなかった。


 それはそうだ。

 問題が切り分けられ、より明確化されてしまったからだ。なによりもまず、消防署との連絡、間藤と中島の脱出と救急隊員の安全の確保、の2つだ。このハードルは共にあまりに高い。

 そして、誰も口には出さないけど、同じ疑問と不安を共有している。蒼貂熊が学校を狩り場に選んだのだとすれば、病院にだって蒼貂熊が出ている可能性は否定できない。まぁ、病人が蒼貂熊にとって美味しいかどうかは知らないけれど。

 ともかく、病院に蒼貂熊が出たら、救急車は搬送先を失う。ここに来てくれるのはさらに遅れるだろうし、こうなると遅れる前提で考えとかなきゃいけないだろう。


 僕も、越えねばならぬハードルをさらに指摘した。

「このやりとりのために、篭原先生を蒼貂熊に発見させるわけにもいかない。保健室はあまりに無防備だし、教室が遠いからバリケードも組めないしな。

 当然、僕たちだって保健室に行くのに、ここを出て危険に身をさらすことは避けたい。人の命を数で計算しちゃいけないし、消極的になるつもりもないけど、2人を救うために5人死ぬなんて方法はダメだ」

「そうだな。そのとおりだ。蒼貂熊を射た英雄、並榎だから言えることだな」

 鴻巣の論評に、僕は思わず抗議していた。

「そんな言い方はやめてくれ」

 と。

 まるっきり皮肉にしか聞こえないもんな。


 だけど、鴻巣の返答は真摯なものだった。

「おい並榎、今のはマジだからな。消極的でも積極的でもなく、ただ冷静な意見ってのが今は一番必要な時だ。悲愴感とか、それとは逆の熱い責任感や根性論とかはいらないんだ。場の雰囲気とか、それに流される集団も不要だ。全員で帰るのは無理だとしても、じゃあ、どれだけ多くが帰れるかという非情な検討は冷静さからしか生まれない。

 そのためのバックギアを発言ができるのは、実績のあるヤツだけだ」

 鴻巣はそう語り、周りで話を聞いていたみんなもうなずいた。


 そこまで言われたら僕、ちょっと前から思いついていたことを言わなきゃならないだろうな。

「わかったよ、鴻巣。この件についてはまぁ、いいや。

 で、案がある。担架は無理だけど、薬だけならなんとかなるかもしれない」

 その言葉に、みんなぎらぎらと言って良いほど光る目を僕に向けた。



あとがき

第20話 人類の強み

に続きます。

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