第21話 切歯扼腕


「もともとバリケードには、監視用途も含めての銃眼が作ってあるからな。バリケードの芯になっている机にゴムチューブを結び、その机に足をかけて背筋で引っ張るなら威力も出るだろうし、問題はないだろ」

 バリケードの設計者、物理部の行田が言う。

 おお、さすがだなぁ。織り込み済みかよ。


 そこで、化学部の細野も口を出した。

「ゴムチューブだけど、ブチルゴムだと反発係数が低いからいくら引っ張ってもまったく飛ばないぞ。弓道のゴム弓ってのはどんなゴムなんだ?」

「知らない」

 と、僕は答える。んなこた、考えたこともなかった。


「買ったヤツのゴムがあまりに弱かったんで、ホームセンターで買って交換したんだ。見てくれ」

 そう言って、自分の荷物からごそごそと取り出して細野に渡す。

 いつかは、そう、来ると信じて疑っていなかったいつか、僕は三十三間堂で通し矢にチャレンジしたいと思っていたから、筋トレはがんばっていたんだ。


 細野は2、3回両腕で引っ張ると、うんうんと頷いた。

「……並榎、お前、馬鹿力だなぁ。俺じゃ引っ張れないぞ。

 まぁ、いいや。これはイソプレンだな。コレなら飛ぶ」

「よかった」

 僕は心底安心する。


 そこで行田が再び口を開いた。

「だが、ゴムチューブと砲丸、このままじゃ安定しないぞ。もっとこう、ベゼル的な砲丸を受け止めて安定させられるものを介させないと……」

「キャッチャー・ミットなら供出するぞ」

 そう声を上げたのは、野球部の奥だ。


「助かる」

 僕たちの口々の言葉に、奥はなぜか視線を下げた。

「申し訳ないと思っている。

 日頃から身体を動かしているっていうのに、バリケード越しじゃバットも振り回せないし、硬球を投げたって蒼貂熊には効かん。あまりにできることがなくて辛い」

 ……そうだな。気持ちはわかる。

 わかるけど、スポーツはルールのある競技だ。ルール無用の戦いという目的を、片鱗でも残した武道とは違う。しかたないことじゃないか?


「そうだ。サッカー部もなにもできることがない。間藤があんなことになっているのに……」

「……ラグビー部もだ」

「バスケ部もだ。こうも俺たちは役立たずだったかな?」

 サッカー部の赤羽はよほどに焦っているのか、唇の端が震えている。


「奥、赤羽、五十部、蔵野、焦るな。

 ただ単に、お前たちの出番がまだというだけだ。俺たちが生還するまでまだまだかかるだろう。落ち着いて、機を窺っていてくれ」

 おお、やっぱりさすがだな、鴻巣。

 こういうことが言えるヤツが、リーダーの資質があるってことなんだろうな。


「そうそう、テニス部にも、ソレ言って」

 と、佐野亜姫あき

 さらに西山莉愛りあが言う。

「合唱部なんか、機を窺ったって、もっともっと役に立たない」

 あ、それはさすがに出番がないだろうな。

 でも、こうなると女子も「守られていれば安心」なんて思えないんだろうな。彼女たちだって、後輩を守ろうとも思っているだろうし。


 漫研の横田夏帆かほもボランティア部の喜多も、口は開かなかったけど無念そうだ。

 と、そこで化学部の細野が口を開いた。

「……話を戻すぞ。

 これだけ人数がいるんだから、意見があったら言ってくれ。

 中庭に蒼貂熊を集められれば、保健室への経路に視線は行かないと思う。

 校舎の構造から考えて、職員室で蒼貂熊の注意を引いてもらったらどうだ?」

 と、案を出す。

 自分が塩酸でうまくいったから、職員室が襲われても硫酸でうまくいくはずって思っているに違いない。



あとがき

第22話 作戦決定

に続きますが、登場人物まとめを挟みますねー。

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