第14話 トラップ
で、いきなり行田にインピーダンスなんて言われても、僕にはわけがわからない。
「悪いな。僕は物理を選択していないんだ。どういう意味だ?」
僕の問いに、行田は嬉しそうな顔になった。どうやら自分の企んだワルダクミは、黙っていられない
「そうだったっけな。なに、簡単なことだ。
電柵は6,000Vから10,000Vの電圧が掛かっている。だが、流れる電流は少なく、エネルギーとしちゃ3ミリクーロンほどだ。冬の静電気のぱちってのと同じくらいと思っていい。だけど、エアコン用コンセントから直結だと、電圧は200Vしかなくてもブレーカーの許す限り電流が流れるから、20クーロンから40クーロンは行くだろう。つまり、電柵の6,600倍から13,400倍のダメージを与えられるってことだ。人間だったら、普通に死ぬ数値だ。蒼貂熊だって電柵相手のようなわけにはいかないさ」
「……なるほど」
僕は、単純に納得した。完全に理解したわけじゃない。でも6,600倍から13,400倍、中を取って10,000倍としても、静電気のぱちっは、とんでもないパワーアップがされたことになるのは理解できた。
行田は続ける。
「ただ、効率的に感電させるためには、床に水を撒いとかないとなんだが……」
「……そりゃそうだ」
物理を選択していなくったって、電気に行きと帰りの2経路が必要なのは僕だってわかる。小学校の豆電球の実験と同じだ。
「ならその水に、塩よりも水酸化ナトリウムを混ぜよう」
おお、細野、そこで水酸化ナトリウムの使い道を見つけたか。
「床材は塩ビのシートだろう。塩ビはアルカリに強い。一方で、蒼貂熊の足の裏の皮膚のタンパク質へのダメージは大きい。そしてそのせいで、ぬるぬるに滑るようになる。踏ん張って立つのは不可能になるから、機動力を奪えるかもしれない。ましてやコケでもしてくれて、そこへさらに電気が流れば……」
……なるほど、としか言えない。倒すことすら夢じゃなくなるのか。
化学部、物理部合作のトラップだな。
「ぬるぬる作戦はいいな。万が一に備えて、洗面のハンドソープをベランダとかの手すりに塗っておくってのはどうだ?」
僕の提案に、北本が頷く。
「私がやっとく」
「非常階段の踊り場はいいけど、下るところだけは塗らないで」
「もちろん」
宮原の指摘に北本は頷く。
僕は行田にさらに聞いた。
「黒板拭きクリーナーはモーターが入っているから、そのコイルの線は使えないのか?
長いだけ使いやすいだろ?」
「無理」
……早いな。答えが。
「コイルの銅線はとても脆いし、コーティングを剥がさないと通電しない。で、ここには剥がすための溶剤もなければ紙ヤスリもない」
ああ、なるほど。理解したよ、行田。やっぱり、僕が考えているようなことはもう考えているんだな。で、上尾のギターの弦の出番というわけがわかったよ。
周りを見回して、連携した3年生の働きを眺める。
なんか短時間で鉄壁の守りが完成している感がある。よくもまぁ、ほとんどなんもないところから、ここまで防備をアップグレードできたもんだ。
「オマエら、すげーな」
思わず感嘆の声が漏れたよ。
「オメーこそ自覚していないのか?
あの蒼貂熊相手に、文字どおり一矢報いてみんなを守り抜いたんだぞ。あれを見ていたからこそ、みんな、戦う気、戦える気になったんだ。俺たちは蒼貂熊のメシじゃないってな。
けっこう、動画を撮っていたヤツもいたし、すげーのはオマエだ」
行田が黒板拭きクリーナーをバラしながら言う。横では上尾がうんうんとうなずいている。
そりゃあ、持ち上げ過ぎだ。
あとがき
第15話 悪報
に続きます。
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