第12話 物理部
だけど、僕の期待は、あっさりと否定された。
「理科室といっても、劇物なんかの試薬の在庫自体はそうあるわけじゃないしな。
それに、硫酸は化学の宮本に奪われた。職員室の備えにする、と」
……オマエら、故意犯にしても酷いじゃねぇか。宮本って呼び捨てにしているけど、宮本先生のことだろう?
化学部は、部長と顧問の2人してなにやってんだ?
「あと、水酸化ナトリウムなら強奪できたけど、知っているか?」
「なんだ、その漠然とした質問は?」
おい細野、ソレな、なにを聞いているのかすらわからない質問だからな。
「水酸化ナトリウムはガラス瓶に入っていない。ポリ容器だからぶつけても瓶は砕けないし、そもそもが粒状だからぶっかけることもできない。使い方が難しいんだ」
「……なるほど、そりゃ難しいな」
「だから悩んでいる。それより並榎、お前、蒼貂熊の行動を予知したのか?
蒼貂熊が飛び出てくる前に、狙いが定まっていたように見えたけど」
その問いに、僕は首を横に振った。
周囲には他の3年生もいて、みんな僕たちの話を聞いている。
「そうだ。どういうことか説明しろよ。今は情報の共有が大切だ」
と、さらに口を挟んできたのは鴻巣。生徒会長だ。
「わかったよ。
まずは、窓が開いていなくて空気が動いていないのに、30m先の蒼貂熊の臭いが濃く届いているってことに違和感を感じたんだ。
ってことは、近い方の階段の陰にもう1頭がいると思った。そうなると、ゆっくり近づいてくる方は囮ということになる。遠くから僕たちの出方を観察し、同時に注意を惹きつける役割だ。で、本当に切り込んでくるのは隠れている近い方の個体だ。
蒼貂熊は賢い。おそらくは至近距離にいることを活かして、もっとも効果的な方法でバリケードを越えようとしてくるはずだ。そうなると跳躍力を活かした最短距離は……、バリケードが薄い上ってことになる」
「……なるほど」
鴻巣はそうつぶやき、話を聞いていた他の連中もサムアップしたりして僕を称えてくれた。
だけど……。僕だけじゃないよな。
「蒼貂熊の目を潰した間藤と中島の戦果もデカい。そのおかげで、2頭の蒼貂熊の動きが止まったんだ。しかも、彼女らは思いっきり負傷しているし」
「そうだな」
「それから、褒められたもんじゃないかもだけど、細野の功績も大きい。この調子で、なんとしても生きて帰ろう」
「応っ!」
……こういう風に誰かを鼓舞するような役回り、本当は僕、苦手なんだけどな。黙々と的に向かうのが好きなんだ。まったくもう、なんでこんなことに……。
で、そんなことを話している間にも、がんがんと激しい音を立ててバリケードは着々と修復され……、って、あれっ!?
前と形がぜんぜん違う。
どうしたんだこれ?
組み上がっていくバリケードを僕と長尾が呆然と見あげているのに気がついて、物理部の行田が話に参加してきた。
「ああ、実際に
教室の黒板に概念図を描いて、みんなに理解してもらった。机の足を絡ませる構造の方がバリケードが崩れないし、そもそも蒼貂熊が入りこみにくい。ったく、前の積み上げただけのヤワな設計は対人用かよ?
なるほど、たしかにそのとおりだ。ちなみに、五十部はラグビー部で、ガタイの良さは全校一なんだ。
あとがき
第13話 軽音部
に続きます。
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