第10話 吹奏楽部
僕は半ば呆然としていた。実際に眼の前で起きたことでも、自分の矢が
いつか、三十三間堂で通し矢にチャレンジしたいと思っていた。だから僕は、矢が遠くに飛ぶよう強い弓を使っていて、その初速は速い。前に一度、野球部から機械を借りてきて計測したけど時速200kmはある。これって、秒速60mを超えるんだ。それを咥え取るなんて、反射神経も人類のものとは桁が違うってことだ。
だけど、僕の2本目の矢と同時に、長尾もバリケードに潜り込み、そのままの勢いで蒼貂熊の腹を居合刀で突いていた。
間藤と中島も2つ目の矢を吹いている。さすがは吹奏楽部、演奏と同じでタイミングを失しないな。
と思った次の瞬間、バリケードが爆発した。
蒼貂熊が筋肉の塊の触手のような右腕の一振りで、バリケードの上半分を吹き飛ばしたんだ。
……こんなチート、ありかよ。
僕たちはどう頑張っても、この机を同時に2つまでしか運べない。なのに、腕の一振りだけで20台以上の机を軽く吹き飛ばすだなんて。
腰矢で体勢を低くしていた僕たち、かがんで吹き矢のアルミ管を咥えていた間藤と中島、バリケードの低い位置に潜り込んでいた長尾、運良くまだ誰も怪我はせずに済んでいる。だけど、僕たちの姿は蒼貂熊から丸見えになった。それに、長尾の持っていた居合刀は、物打ちの辺りから折れてしまっていた。
からんっと音がして、蒼貂熊の腹に刺さっていた切っ先が落ちる。その先には微かにオレンジ色の血が見える。岡部が柔らかそうと言っていた腹部ですら、この固さなんだな。せめて、この刀が鋼だったら、切っ先は蒼貂熊の腹に潜っていたかもしれないのに……。
長尾の表情は、無念というものを描いて顔に貼り付けたようだった。
もう1回腕を振るわれたらバリケードは完全に吹き飛んで、蒼貂熊の昼食会が始まる。メニューは言うまでもなく僕たちだ。
だけど、まだ終わらない。終わらせられない。僕は3本目の矢をつがえようとしたけど、恐怖と焦りで指先がぶるぶると震えてどうにもならない。苛立った僕は、人差し指を思い切り噛んだ。血が噴き出したけど、一時的に震えが収まって矢をつがえることができた。
一気に弓を引き絞り、同じく弓を引き絞っていた宮原と一瞬だけ視線を交わし、僕は矢を放った。蒼貂熊の体勢はまだ浮いている。狙いはかろうじて見えている喉だ。蒼貂熊に僕たちと同じような喉があるかは知らないけど、頭と胴体の接続部分には重要な管がたくさん通っているはずだ。動く場所の内側だから、外骨格的な装甲もない。しかも、自分の顎が邪魔して、飛んでくる矢は見づらいはず。
とっさの間に、僕はそこまで考えていた。時間の流れがとても遅いと感じていたし、たぶん、ゾーンってヤツに入っていたんだ。
焦りで十分に引ききれなかった僕の矢と、あわてなかった宮原の矢は見事な並行線を描いた。宮原も僕と同じことを考えていたに違いない。僕は祈っていた。なんとかこの矢に通って欲しい、と。
だけど、その矢も1本は咥えられ、1本は掴み取られていた。どうやったら、この爪の長い手で矢を掴めるんだろう?
もう、弓と矢は学習されてしまったのか?
僕たちにできたのは、この矢でバリケードの下半分が吹き飛ばされるのを数瞬遅らせることだけだった。
だけど、この間に間藤と中島がさらに吹き矢を吹いていた。
あとがき
第11話 化学部
に続きます。
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