くせ者少将と知らぬの姫の薫る関係
すなさと
(1)二の姫、薫物で口説かれる
第1話 なりふり構わない縁談
左大臣
「姫さま、今日は直平さまがそろそろお戻りになられます。身なりをお整えなされませ」
「んー? 別にいいわ。父さまは気にしないだろうし、私も気にしないし」
「その直平さまから、きちんと身なりを整えておくよう申しつかっております。今日は客人をお連れになると」
「えぇー、面倒臭いなあ……」
彼女は今、「
背中でゆったりと結んだ髪は、
普段であれば、実利を好む小野家では咲良の格好をとがめる者は誰もいない。しかし、客人が来るとなればさすがにそうもいかないらしい。
「
「いいえ、これと言って特には……」
ふむ、怪しい。嫌な予感がする。
この半年ほど、父親が「客人」と言って連れてくるのは、どれもこれも貴族の若い子弟だ。それもそのはず、「客人」とは名ばかりで、彼らは咲良の縁談相手なのだ。どうやら、父親は明らかに行き遅れている娘を早く誰かと結ばせたいらしい。
(だとしたら、なおさら身支度なんてどうでもいいわ)
今年で十八、貴族の娘がいつまでも独り身でいられないことは分かっている。しかし、夫を待ち続けるだけの毎日が果たして本当に幸せなのかと、咲良は思っている。
すると、どたどたと足音が廊下に鳴り響いた。そしてそれは、あっという間にやってきて、咲良の父親である左大臣
光沢のある黒の衣に朱色の襟と白の袴が映える。直平は、小袖姿の咲良を見て、穏和な顔をぴりりとしかめた。
「咲良、なんだ着替えておらぬのか。庶民のような格好をして」
背後には、見たことのない若者が立っている。おそらく彼が、「客人」だ。
咲良は悪びれることなく父親に笑い返した。
「はい。
「だが今日は、身なりを整えておくよう言ったはずだ。六花、おまえは何をしておったのか」
「六花は悪くございません。着替えない私をちゃんと急かしておりました」
すると、「ははは」と快活な笑い声が上がった。
父親の背後にいる若者が面白そうな目を咲良に向ける。父親も長身だが、彼はさらに背が高い。虎の蛮絵が施された濃紺の衣に、腰には太刀。格好から察するに千里京を護る
彼は目鼻立ちのはっきりした顔を和ませ、さっと片膝をついて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。衛門府が
父親が小野家の屋敷に誰かを連れてくるのは、これで何人目だろうか。最初は見目麗しい貴族の青年が多かったが、それもだんだん雑になり、今日はとうとう衛士になった。
昔に比べれば、ずいぶんと平安な世になったと咲良は父親から聞いたことがある。しかし、それでも悪党はいるし、人ならざる魔も出てくる。
そういった日常の闇から千里京を護っているのが衛門府の衛士たちだ。
ちらりと父親を見ると、何がどうして自信があるのか、「これでどうだ!」という顔で見返された。
「有馬殿は、西国一の
「はあ、」
確かに、白い顔のへなちょこ
けれど、ぶっちゃけ面倒臭い。
「都を護る衛士は、真っ昼間から女に会いに来るほどお暇なのですか?」
「これっ、咲良。有馬殿はこの若さで少将に任じられ、多忙を極めておる中、わざわざ時間を作ってくれたのだ」
「なればなおさらのこと。私との無駄話に付き合う暇はないでしょう」
「失礼なことを言うでない!」
咲良はふいっとそっぽを向く。
(少将ってことは……従五位くらい? ぎりぎり貴族ってところね)
さして身分など気にもしないのだが、なりふり構わなくなってきたなと、咲良は思う。
父親が連れくる縁談相手を「知らぬ」と言って全て追い払っている訳だから、あてがう相手がいなくなってきたと見える。
目の前の若者は、「西国一の
(確かに、今までとはひと味違うわね)
ちょっと珍しい縁談相手に興味が湧いて、咲良は手に持っていたすり鉢とすり棒をことりと置いた。
「有馬……。西にそのような名の土地があったわ」
「はい。私は、その有馬の地の出身です。そのまま出身地の名を名乗っております」
「地方の者なのに、少将に任じられたの?」
「武芸の腕を買われ、左大臣さまの口添えで衛門府に入りました。なので、少将ですが従五位ではなく正六位となります」
「あら、」
となると、彼はいわゆる貴族ではない。父親のなりふり構わずぶりに感心しながら、貴族でない少将に咲良はさらに興味が湧いた。
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