第32話 女神様生誕祭
土曜日の午後5時。俺は東雲さんの部屋にいた。
今日は予定があったから昼食も別々だったのだが、もし予定が空いてたらこの時間に来てほしいとお願いされたのだ。
もちろん予定も断る理由もないので即了承した。
ということでいつもより早い時間にお邪魔しているのだが、何の用だろうか。
座って待っていると東雲さんが料理を運んできたので慌てて手伝う。
こんな早い時間にご飯?この後何か用事があるからなのかな?なんて考えながら運び終えると、東雲さんが最後に飲み物を持ってきた。
だがいつもと違ってグラスの他にもお盆に何か乗っている。
「あの、実は私今日誕生日で......」
「えっ!おめでとう。......ごめん、知らなくてプレゼントとか何も用意してないや」
「ううん......それはいいんだけど。知らなくて当然だし。ただ、一つだけお願いがあって......。今日で二十歳になったから、一緒にお酒飲んでほしいなって......」
「......それは全然かまわないけど、その、俺でいいの?」
そういうのは彼氏とか、仲のいい友達とかとやるもんじゃないのか?
「西成さんがいいの!初めては西成さんとって決めてたし......」
顔を赤らめてそんなことを言うから俺まで顔が熱くなってしまう。
東雲さんが両手に持っているのは、グレープフルーツ味でアルコール5%の缶チューハイとイチゴ味のアルコール3%のチューハイ。
それをそれぞれのグラスに注いで片方を俺に渡してくる。
「それじゃ、20歳の誕生日おめでとうございます。乾杯」
2人で軽くグラスをぶつけて一口飲む。東雲さんは両手で持ってお上品に飲んでいる。
箸を伸ばして料理もつまむ。運んでいる時から思ったけどいつもよりつまみが多い。
お酒に合うように考えてくれたんだろうなぁ。
「お酒ってこんな味なんだ......。なんだか体がポカポカして不思議な感じ。ふふっ」
え、もしかしてもう酔い始めてる?まだ数口しか飲んでないよね?
しかし彼女の作るつまみは美味い。つい酒が進んでしまうな。
二本目を開けて飲んでいると、東雲さんが立ち上がってフラフラと俺の隣にやって来た。
「そっちものませてぇ」
と言って俺の飲んでいたグラスを強奪して口を付ける。
俺は知らない相手じゃないし間接キスとか別に気にしない派だけど、今どきの子もそうなのか?酔っているから判断も曖昧になっているのか。
「えへへ、これもおいひぃねぇ。ゆたしゃぁん」
すでに呂律も回っていない。初めてとはいえ東雲さんがこんなにお酒に弱いとは......。
「ほら、そのへんにしておこう。東雲さんもう酔ってるでしょう」
「やぁ。もっろのむぅ!なまえよんれぇ」
「東雲さん」
「やぁ、なまえぇ」
「......撫子さん?」
「しゃん、らめぇ」
「............撫子」
「ひゃぃ、ゆたしゃぁん」
俺の腕に抱き着きながら頬を擦り付ける東雲さん——撫子。これは甘え上戸ってやつか。
しかしこれはいくらなんでも甘えすぎでは?普段の様子からは想像できない。
「もっろ、よんれぇ」
「撫子」
「えへへ、もっろぉ」
「撫子」
「なぁにぃ、ゆたしゃぁん」
何って、自分が呼べって言ったんじゃないか。
まあ今日は撫子の誕生日だし普段世話になりっぱなしというのもあるから好きにさせておくか。料理もまだ全然食べてないしな。......早いとこ寝てくれればまだいいんだが。
むずがる撫子をなんとか引きはがして水を汲んでくる。戻ると再び腕をガッチリとホールドされる。
「はい、水飲んで」
「おみずぅ?」
自分で動こうとしないので仕方なくコップを口元へ近づけて少しずつ飲ませる。
「ぷはぁ、のんだぁ。あたまなでてぇ」
「はいはい」
コップを置いて要求通りに頭を撫でる。相変わらずサラサラで撫でてる側も気持ちいいな。
片手で料理を食べつつ名前を呼ばされ頭を撫でさせられ残った酒を飲む。そんなお誕生日会は撫子が寝落ちするまで続いた。
少し迷ったが変な体勢で寝ると体を痛めるし、と撫子を抱えてベッドまで運ぶ。
片づけをしてから自宅の玄関に置いてあった合鍵を取ってきて施錠する。ここのマンションはオートロックじゃないし、合鍵を預かっていて良かったと思う。
翌日。二日酔いも無くいつも通りに目が覚める。まあほとんど飲んでないしな。
軽く朝食を食べて調べ物をしているとメッセージの通知音が鳴った。
『おはよう。もしよければお昼ご一緒にどう?』
昨日の今日で顔を合わせづらい気もするが、断るのも不自然だ。
了承して時間を潰してから隣の部屋へ向かう。
「ごめんね、急にお昼から呼んじゃって......」
「いや、お昼どうしようか決めてなかったしちょうどよかったよ」
普段なら土日の昼食は前日の夕飯時に一緒に食べるか決めてたけど、昨日はアレだったしな。
「それで、あの......。昨日はありがとう」
「こちらこそ誕生日に呼んでもらってありがとう。頭痛いとか体調はどう?」
「ううん、大丈夫。たくさんご迷惑かけてベッドまで運んでもらってごめんね」
「いえいえ......って覚えてるの?」
「......うん、ところどころ曖昧だけど、なんとなくは」
あー、そういうパターンかー。笑い上戸泣き上戸あたりならともかく、絡む系の酔い方して記憶は残るって本人的には一番嫌だろうなぁ。
そういうタイプはいっそのこと記憶がなくなるまで飲んでた方がいいと思えるくらい......と透が言っていた。
ちなみに俺は眠くなるタイプだから家で呑む分には安心だ。
「まあ、昨日のことはともかく、東雲さんはあまり外では飲まないほうがいいかもね」
「うん、そうする。......名前、呼んでくれないの?」
「......え?」
「昨日はたくさん呼んでくれたのに......」
あれ、自分で昨日のこと蒸し返しちゃうの?顔真っ赤ですよ?もしかしてまだ酔ってらっしゃる?
やめて、そんな目で見ないで!その寂しそうな目は反則だから!
「............撫子」
「はい、優太さん!」
まあ、この笑顔が見れるなら別にいいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます