第31話 バレンタイン
「優太先輩!おはよーこざいまーす!今日も冴えない顔してますね〜」
「おっす。この顔は生まれつきだ」
「そんな先輩には!じゃじゃーん!はい、可愛い後輩特製のチョコをプレゼントしちゃいます!ぱちぱち〜!」
「バレンタインか。ありがとな」
「もちろんです!私だと思って大事に食べてくださいね?」
紗雪は毎年チョコをくれていたのだが、そんなものを持ち帰れば当然爆発する
なので会社で食べ切れる小さめの市販のチョコをくれていた。「義理ですからね!」と言いながら。
しかし今年は地雷がいないので普通に渡してきたのだろう。まさか作ってくるとは思わなかったが。
まぁ透にはちゃんと渡すだろうしそのオマケだろう。
「はいはい。家でゆっくり食べるよ」
「はい!お返し、期待してますからね?」
なるほど。透へ作ったついでかと思ったら狙いは
本日の晩ご飯はオムライスだった。
卵はふわとろだし中のチキンライスもちゃんと作られててそれだけでも美味しい。
さらにかけられたデミグラスソースと一緒に口に入れると思わずほおが緩んでしまうほどの美味しさだ。まさかデミグラスソースまで作っているなんてことは......。
「ごちそうさまでした。今日もすごく美味しかった」
ペロッと完食してしまったが、食べやすい分どこか物足りない気もする。
「お粗末様でした。......ところで西成さんってチョコとか貰った?」
「え?まぁ、会社の後輩には貰ったけど。ほら、初詣の時にいた皆実川紗雪って覚えてる?」
「あ、あの綺麗な人!覚えてるよ」
「毎年おまけで貰ってたんだよ。持って帰るとトラブるから会社でこっそり食べててね。今年は普通に貰ったけど」
「そうなんだ」
食べ終わった食器を一緒に片付けた後、東雲さんが俺の前に立った。
「あの、これ良かったら貰ってくれる......?」
「うん。......開けてもいい?」
東雲さんは首を縦に振った。
ご飯を食べさせてもらっているのに、まさか東雲さんからももらえるとは思わなかった。いや、少しは期待してたけどさ。
丁寧に包装を解いてみると、箱の中にはカップケーキが入っていた。
「うわ、めっちゃ本格的でうまそう......」
「友梨以外にあげるのは初めてだから口に合うか分からないけど......」
つまり男の中で初めてバレンタイン渡されたのか。光栄すぎるな。
というか東雲さんの作るものが口に合わないわけがない。むしろ口のほうが喜んで合わせにいくまであるだろう。
「さっそく食べても?」
「あ、うん。今紅茶入れるね」
さっきお湯を沸かしていたのはそのためだったのか。至れり尽くせりが過ぎる。
紅茶を用意して貰って一緒に座る。
「中身、何種類かあるけど全部違う味?」
「こっちがマフィンで、こっちがカップケーキなの。味もそれぞれ3種類ずつ作ってみたんだよ」
「ほえー。ところでマフィンとカップケーキって何が違うの?見た目的にはあんま違い分からないんだけど......」
「うーんとね、簡単に言うと、マフィンはパンでカップケーキは名前の通りケーキなんだよ。あとは材料が少し違うから食感も違うかな」
へー。全部カップケーキだと思ってた。そんなことまで知っているなんてやっぱり東雲さんはすごいな。
あらためて見てみると、カップケーキよりマフィンのほうが見た目がシンプルな気がする。
とりあえずカップケーキのほうを一つ食べてみる。最初にとったのは、上にチョコクリームが絞ってあるものだ。
先ほど食べたオムライスは「ふわとろ~」って感じだったけど、カップケーキの生地は「ふわっふわ」だった。やばい、美味すぎる。
「これすごいね。こんなふわっふわで美味しいの食べたことない」
お次はマフィンのほう。チョコチップが入っているシンプルそうなもの。
口に入れると、甘さと共にほのかな苦みが広がる。ビターチョコとも違う苦み。
「......これコーヒー?」
「あ、分かった?ただ甘いだけだとしつこくて飽きるかなって思って」
本当によく考えて作ってるなぁ。
「なるほど。食感もこっちはしっかりしてるのか。これはパンと言われるのも納得だな」
なんというか、仮に落としたら、カップケーキはポヨンと跳ね返るのに対して、マフィンはドスンと墜落するようなイメージ。
「はい、食べるのは一旦そこまで!」
「え?」
まさかのお預け?
「目を閉じて口開けて?何の味か当ててもらいます」
「クイズ形式か。でも......」
「早くしないと私が食べちゃうよ?」
「はい!」
そもそもまだ何の味があるかすら知らないのに意味ある?って思ったけどさえぎられてしまった。
これはおとなしく従うしかない。
「じゃあ、まずは~これ!」
口に入れられたものをゆっくり噛んで味わう。
「これは......チョコバナナだ!」
「正解!すごいね」
「一瞬で分かったよ。チョコもバナナもお互いに主張しすぎない絶妙な配分が最高」
「もう、褒めすぎだよ。......次はーこれ」
「......これは............キャラメル?」
「正解!」
チョコとキャラメルって一緒に食べることが無かったけどこれも美味しいな。
「はい次ね」
口に入れられて閉じた時に不思議な感触があった。てっきりフォークで食べさせてくれてると思ってたけど、そういえばフォークが触れた感触はなかった。
思わず目を開けると、そこには顔を赤くした東雲さんが自分の手を抑えていた。
まさか......手づかみで?ということは俺の唇に触れたのは......。
「さあ、何味でしょう!」
どうやら誤魔化すことにしたらしい。
「ごめん、びっくりして分からなかった」
「じゃあ、もう1回ね?」
と言って俺が目を開けたままにも関わらずひとつまみちぎって差し出してくる。
しかし恥ずかしさのあまりか、勢いがつきすぎて今度は唇どころか、俺の舌先に指が触れてしまった。
「......何味?」
「い、いちご?」
「......正解」
至近距離で見つめ合う俺たち。東雲さんの顔はもう苺のように真っ赤だ。
恥ずかしいのは食べさせられてる俺の方なんだけど?
自分が何をしているか分からせてやろうと、俺は意を決していちご味をつまんで東雲さんの口元へ持っていく。
「はい、口開けて」
東雲さんは赤い顔で睨んできたけど怖くはない。
諦めたのか、小さな口を開いて咥えた。
......そう、咥えたのである。何を?......俺の指を。
唇に触れたとかそういう次元ではない。俺の指先が口の中に入っているのである。
そして、あろうことか......その指先を濡れた感触が走った。その瞬間、俺は背中がゾクゾクっとして慌てて指を引き抜いた。
東雲さんの口と俺の指を繋ぐ透明な糸がなんとも艶めかしい。
彼女は過去最高に顔を赤くしながらも微笑み、俺はどうあっても勝てないことを悟ったのだった。
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