第20話 膝枕



「はぁ……」


 今日何度目か分からないため息をつく。

 いかんいかん。今から東雲さんとご飯なのにこんな顔では申し訳ない。切り替えなきゃ。




「西成さん、何かありました?」

「えっ?」


 東雲家にお邪魔し席についてすぐだった。


「なんか、いつもより顔色が優れないようだったので……」

「そんなに分かりやすいですか?」

「その、毎日見てますから……」


 いや毎日見ててもわかるものでは無いと思うが。透や紗雪でもさすがに分からないレベルだろう。東雲さんに隠し事は出来ないな。


「ちょっと仕事で落ち込むことがあったというか……」

「そうですか。私でよければ、話せる範囲で話してください。口に出すだけでも頭の中が整理されたりスッキリすることもあると思うので」

「ありがとうございます。まあ俺自身じゃなくて後輩がちょっとやらかしちゃって、もっとフォローしておくべきだったなと反省してるんです」


 なんとかリカバリーして会社に損害が出るとかは無かったものの、いつも元気な紗雪がどよ~んという効果音が聞こえるくらい落ち込んでいた。

 俺は最近上司に新しく仕事を振り分けられてそっちにかかりっきりだったからな......。


「他の人のミスまで気にかけるなんてやっぱり西成さんは優しいですね」

「新人の時から俺が指導した奴ですし、俺たちによく懐いてくれてますからね。責任もって面倒は見ないと」


 それを優しいと言える東雲さんこそ優しいのだと思う。

 東雲さんと話して少しスッキリした気がする。俺がいつまでも悩んでても仕方がない。

 紗雪はもっと落ち込んでいるだろうし、関係の無い東雲さんにまで迷惑がかかってしまう。




 夕飯を食べ終わりソファで一息ついていると、東雲さんが隣に座ってきた。


「その、私じゃしてあげられることが少ないので……」


 と言いながら正座した自分の太ももを叩いている。

 少ないどころか毎日美味しいご飯作ってもらって話も聞いてもらって十分すぎると思うのだが。むしろ何か恩返ししないと。

 そんなことを考えていると、頭を掴まれて引っ張られた。

 油断していた俺はあっさりと倒されて寝かされて、顔の右側に柔らかいものが当たる。

 隣に座っていたのは東雲さん。つまりこれは……。


「し、東雲さん?」

「男の人はこうすると癒されるって聞きました。私なんかで申し訳ないですが……」


 誰情報だよそれ。いや間違ってないけども。

 こんな美人女子大生の膝枕で癒されない男がいるだろうか、いやいない。

 布一枚隔てて右頬に伝わる温もりと弾力。ここが天国か。


「......なんか、じゃないですよ。俺は相手が東雲さんで嬉しいです」

「......良かったです」


 何を言えばいいか分からず、思ったことをそのまま口にしてしまう。

 そして東雲さんは俺の頭に手をのせて撫で始めた。

 こんなに心配させるほどひどい顔してたのかな。

 年下の女の子に膝枕されているという状況に恥ずかしさを覚えるが、同時に安心感も覚える。不思議な感覚だ。

 お腹も満たされたうえに極上の心地良さまで加わり、俺は微かな抵抗も虚しく意識を手放していた。





 だんだんと意識が覚醒してくるのが自分でも分かるが、絶妙に柔らかい枕が再び眠りへと誘う。

 布団は固いのになんで枕だけ柔らかいんだろう……なんて思いつつ枕に顔を擦り付けようとすると


「……んぅっ」


 なんて悩ましい声が聞こえた。枕が喋った?まだ夢の中?

 声がした方に顔を向けると2つの山の向こうに顔が見えた。

 数秒見つめ合い、ようやく意識が覚醒する。


「うわぁ!すすすすいません!」


 飛び起きて頭を下げる。そういえば膝枕されててそのまま寝ちゃったのか。

 東雲さんは首まで真っ赤になっている。


「いえいえ、起こそうかとも思ったんですが、とても気持ちよさそうに眠っていたので……」


 時計を見ると30分ほど眠っていたようだ。その間ずっと膝枕しててくれたのか。


「いやもうなんというか、最高の寝心地でした。本当に寝ちゃうとは思わなくて、すいません」

「そんなに良かったんですか……。じゃあ、お、お詫びに私もしてもらってもいいですか……?」

「……うぇ?するって……膝枕を?」


 やべ、思わず変な声が出てしまった。


「はい。したのも初めてですけど、してもらったこともないので気になるんです」

「別に構いませんけど、男の膝枕なんて硬いだけじゃないですかね?」


 膝枕なんて女性がするからいいものなんだと思うけど違うのか?まあ試してみたいなら俺としては別にいいんだけど。


「で、では、失礼します」


 東雲さんは恐る恐るといった感じで俺の太ももに頭をのせた。

 ベストポジションを探して位置を調整しているのが少しくすぐったい。


「どう、ですか?」

「こんな感じなんですね。これは寝たくなっちゃうのもわかる気がします」

「……頭も撫でられて安心したってのもあるかもしれないです」


 柔らかさとか体温がとか言うと気持ち悪いなと思ったので別のことを口にした。


「頭を……私にもしてもらえますか?」

「お、俺が撫でるんですか?その、触ってもいいんですか?」


 髪は女の命ともいう。彼氏でもない男に触らせるのはどうかとも思う。が、東雲さんはこくりと小さく頷いてソワソワしている。

 まあ本人がいいならいいか。と頭を撫で始める。

 手のひらで撫でたり、綺麗な黒髪を丁寧に梳くように指先で撫でる。

 すごいな。サラサラで癖もなく、いつまでも撫でていたくなるような触感。

 きっと手入れもすごく努力しているんだろうな。俺なんて適当だし同じ髪の毛とは思えない。




 12月に入って気温は下がっているのに俺は膝の上の温もりを堪能していた。


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