第16話 感染と看病



 紗雪の看病から1日経って、翌日も紗雪は大事をとって休んでいる。

 その分の仕事もこなして帰り、シャワーを浴び終えたところで異変を感じる。

 まさかと思って熱を計ってみると、38.0℃。まじか。

 紗雪の家へ行った時はマスクもしていたし大丈夫と思っていたけどうつされていたとは。今日は忙しくて体調なんて気にしてなかったしな。


 風邪だと自覚すると喉も痛いような気もする。とりあえず東雲さんに連絡しないと。


『すいません、風邪ひいてしまったので今日は夕飯いりません。急で申し訳ないです』


 まだ夕飯作り始めてないといいけど……。

 ややぼんやりする頭でそう思いながら送信するとすぐに返信が来た。


『それは大変です!とにかくそちらへ行きます』


 と内容を読んだと同時に玄関から響くインターフォンの音。まさか……。

 訪問人はやはりというか、東雲さんだった。


「西成さん!症状は!病院は行きましたか!」


 ドアを開けた途端に駆け込んでくる東雲さん。勢いがすごいな。


「お、落ち着いてください。大丈夫ですから」


 東雲さんが少し落ち着いたのを確認してから、昨日後輩が風邪を引いてお見舞いに行ったことを告げる。その時か、前日かは分からないがうつされたのだろうということも。


「なのでうつすと申し訳ないですし夕飯は大丈夫です」

「……いえ、そういうわけにはいきません。風邪なら栄養を取らないと治りが遅くなりますよ?それに私は風邪ひきにくいので心配いりません」


 いや、栄養云々は分かるが、風邪をひきにくいは理由にならないんじゃ?

 なんとか追い返そうと思ったが、東雲さんが予想以上に頑固だったのと、あまり喋ると喉が少し痛かったので諦めた。

 ここでこれ以上やりとりするより、満足させて早く帰ってもらったほうが早いこともある。

 東雲さんは一旦帰ると言って出ていったので俺はベッドに向かう。風邪を自覚してからなんだか体も重い気がする。



 布団に潜ってウトウトしていると、東雲さんが部屋に入ってきた。


「西成さん、食欲はありますか?」


 声を出しづらいので頷いて起き上がろうとするが体が重たくて思うように動かない。

 東雲さんが手に持っていた鍋を置いて起き上がるのを手伝ってくれる。


「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ。喉の調子も悪そうですね。食べれそうですか?」


 そう問いつつ東雲さんは鍋の中身をよそった器を差し出していた。お粥か。わざわざ作ってくれたのか。

 受け取ろうとするが腕も重たくてもたついてしまう。紗雪もこんな感じだったのかな。

 すると東雲さんは俺の隣に腰かけて、レンゲで掬って息を吹きかけて冷ましてから俺の口元へ運ぶ。これは......。


「はい、ゆっくりでいいので食べてください」


 所謂”あーん”である。

 さすがにそれは恥ずかしいとレンゲを受け取ろうとゆっくり腕を持ちあげようとするが東雲さんはお構いなしにレンゲを口に押し当ててくる。

 これ男女逆なら事案なのでは?ハラスメント——風邪ハラである。

 ボーっとする頭で良く分からないことを考え、お粥がこぼれそうになったので慌てて口を開いてレンゲを咥える。

 口に広がる優しい味。水分があるから飲み込むのもそう難しくない。


 結局されるがままに食べさせられて完食した。体の内側からポカポカと温まるのが分かる。風邪の熱とは違う、優しい温もり。


「......ごちそうさまでした」


 ややかすれるような声を出す。

 薬を飲んで、東雲さんに補助されながら横になる。

 意識を手放す直前、頭に温もりを感じた気がする。






 翌日になってもさすがに熱は下がらず会社を休んだ。

 透からはお大事にとだけ来たが、風邪が治って出社した紗雪からはうつしてごめんなさいとか今すぐ早退して看病に行きますとかそんな内容がひたすら送られてきた。

 気持ちはうれしいが正当な理由もなく早退など俺も会社も許可するはずもなく、拒否した。


 それ以上に大変だったのが東雲さんだ。

 朝7時にメッセージが来て起きているか確認の後、直接訪ねてきた。

 その手には色々入った袋があった。


「おはようございます。まだ顔が赤いですね。熱は測りましたか?」

「おはよ、ございます。熱は、はちど、にぶです」


 喉が痛いので途切れ途切れになりながら答える。


「今日はお仕事休みますよね?私も休みますから看病を——」

「ダメです。ちゃんと学校、行ってください」


 なんで紗雪といい東雲さんといい、休もうとするんだ。そんなにサボりたいのか?

 特に東雲さんはそんなの許すわけにはいかない。親の金で通わせてもらってるのにサボりなんて絶対だめだ。


「......分かりました。でも終わり次第様子見に来ますからちゃんと寝ててくださいね!ここに簡単な食べ物と飲み物、キッチンにも置いておくので食べれそうなら食べてください」

「ありがと、ございます」

「......それと、おうちの鍵借りていきますね」


 東雲さんが何か言っているけどボーっとしてダメだ。おとなしく寝よう。






 翌日熱が下がるまでめちゃくちゃ看病された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る