第15話 風邪



「よお、優太。お前んとこにも連絡あったか?」

「おっす。紗雪のことか?珍しいよな、あいつが風邪ひくなんて」


 出社早々に声をかけてきたのは同僚の宇喜多透。

 朝一で風邪を引いたから会社を休むと連絡してきた紗雪についてだった。夜はだいぶ冷えるし腹でも出して寝てたのだろうか。


「優太、お前お見舞い行ってやれよ」

「は?なんで俺なんだよ。透も行けばいいだろ。つーか女の一人暮らしにお見舞いって行っていいもんなのかね」

「はぁお前ってやつは……。生憎俺はちょいと予定があってね。食べ物とか困ってるかもしれないし行ってやれよ。なんならついでに襲っちまえ」

「いやなんでだよ……」


 ついでにってなんだよ。そもそも病人相手だしそんな関係でもないし。

 とりあえずメッセージで本人に聞くか。それで断られたら仕方ないし帰って東雲さんのご飯を食べよう。


『調子はどうだ?薬とか何か欲しいものあるか?』

『熱が37.8℃と喉が痛いです。あと優太先輩が欲しいです』

『無いならおとなしく寝てろよ』

『薬は飲んだのでゼリーとか食べやすい物が欲しいです』

『あいよ。帰りにお見舞い行くわ』


 まったく、意味わかんないこと言わないで最初からそう言えよな……。

 熱で頭おかしくなったか?それとも変な夢でも見た?心配になる。

 俺じゃなくて透に言うならまだ分かるんだが。俺は果恋がいたから会社でしか関わりないけど、透とはプライベートでも遊んでるみたいだし。



 ともあれ定時で退社して買い物へ向かう。

 薬はあるみたいだし途中にあるスーパーだな。

 スポーツドリンクにゼリー、レトルトのおかゆ、のど飴に果物なんかも一応買っておく。

 多い気もするが治りかけなのかこれから悪化するのか分からないし多い分にはいいだろう。


 送ってもらった住所を検索して地図アプリを頼りに歩いていく。

 やがて見えてきたのは新しそうな綺麗なマンション。

 ウチとは違ってエントランスにもロックがかけられている。なんか高級そうな感じがするな。

 こうセキュリティがしっかりしてるとこなら空き巣とかも来なさそうで安心なんだけどなぁ。


 エントランスで302と番号を押すと『ぜんばぁい』と恐ろしい声が聞こえてきた。怨霊かと思ったがよく聞けば紗雪の声に似ている気がしなくもない。

 喉痛めてるとはいえこんなにガラガラ声だとは。思っていたより重症かもしれない。

 ロックが解除されたので中に入ってエレベーターに乗って部屋の前へ。

 そこでまたインターフォンを鳴らす。安心だけどこれはこれでめんどくさいな。


 すぐにドアが開いてパジャマ姿の紗雪が出迎える。顔は赤く息も荒い。

 買ってきたものだけ渡して帰ろうと思っていたのだが、紗雪に手を引かれて中に入れられてしまう。触れられた手もすごく熱を帯びている。

 とりあえず許可を貰って買ってきたものを冷蔵庫に入れる。

 意外と言っては失礼かもしれないが中は食材がわりと入っていた。こいつ自炊出来るのか……。

 昼はいつも俺達と食べに行ったりしてたしなんかイメージがつかないな。

 後ろで見ていた紗雪に「何か食べるか?」と聞いてみるとスマホのメッセージで『桃のゼリー』と返事が来た。

 喉が痛くて声を出すのが辛いからだろうが、なんだか奇妙なやり取りだ。

 ゼリーとスポドリを持って紗雪にどこで食べるか聞くと指をさして空いた手で俺の腕を引っ張って歩き出した。多少ふらつくような感じだが俺を掴んでるし転ぶことは無いか。



 そして連れていかれた場所はベッドだった。腰掛けて俺を見る紗雪。俺どうすればええねん。

 とりあえずスポドリのペットボトルを1度開けてから軽く閉めて置き、ゼリーを渡そうとする。のだが紗雪は受け取ろうとせずに口を開けている。

 食べたいけど喉が腫れてて食べられないのか?と覗き込んでみると殴られた。グーで。

 スマホにメッセージが届いて見てみると『乙女の口の中を覗くな変態!』とのこと。乙女がグーで殴るんじゃありません。

 次いで『食べさせて』と来た。そういうことか。


「これくらい自分で食え」

『えー。可愛い後輩にあーんできるチャンスなのに~』


 自分で可愛い言うな。なんで会話するテンポで文字打てるんだよ。実は元気なんじゃねえのか?


「ほら、食わねえなら俺は帰るぞ」


 どのみち俺の分の夕飯はない。東雲さんには帰るのが遅れるから今日の夕飯はいらないと伝えてあるから何か買って帰るか。


 結局自分でゼリーを食べて薬を飲んでややすると紗雪は眠った。

 布団をかけなおしてやって部屋を後にする。こういう時オートロックというのは便利なものだ。




 さて、俺は何を食べようか。

 駅に向かうまでに牛丼屋やラーメン屋などあるのだがなんだかその気分ではない。少し前までなら何も思わずに適当に食べて帰っていた。

 だけど東雲さんのあの料理を毎日食べている今となってはきっと他の何を食べても満足しないのだろうと確信できる。

 あれでもないこれでもないと考えながら歩いていると駅に着いてしまい、最寄り駅に到着してスーパーにまで行ってカップ麵や冷凍食品などを買って帰った。



 シャワーを浴び終わって結局晩飯はどれにしようと迷っていると、着信音が鳴った。

 画面を見てみると相手は東雲さん。電話なんて珍しい。何かあったのかな。


「もしもし」

『もしもし、いきなり電話なんてごめんなさい。お仕事お疲れ様です』

「いえ、全然大丈夫ですけどどうしました?」

『あの......、帰ってきた音が聞こえたので、ご飯食べたかなって思って......』

「あー、今からカップ麺でも食べようかなって思ってるとこですね」

『それなら良かった。一応作ってあるんですけどもしよければ食べに来ませんか......?』

「え、いいんですか?」

『はい。......つい、いつも通り作っちゃったので食べてもらえると助かります』


 その言い方はずるい。

 でも、東雲さんがすでに俺の日常の一部になっているように向こうもそう思ってくれているなら素直にうれしいと思う。



 それに、電話越しとはいえお疲れ様が聞けただけでもありがたい。


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