第14話 お弁当
——ピンポーン。
インターフォンの音が鳴り響く。
時刻は7時30分。
こんな時間に尋ねてくるなんて一体誰だろうか。新聞......はとってないしセールスや勧誘にしては時間が早すぎる。
透あたりでも来たのだろうか?と覗き穴から確認してみると、そこに立っていたのは——まさかの東雲さんだった。
慌てて扉を開ける。
「おはようございます、西成さん」
微笑みながら挨拶をしてくる女神がいた。
月曜の朝は最も憂鬱な時間だったがそれすらも吹き飛んでしまう。
「お、おはようございます。朝からどうしたんですか?」
「え、忘れちゃったんですか?お弁当作ったんですけど......」
今お弁当って言った?え、作った?誰の?
............あー、そういえば昨日言ったような気もする。
先日買って余っていた酒を夕食の際に勧められるがままに飲んで、その時に聞かれたのだ。普段お昼はどうしてるのかと。
忙しい時期や外出が面倒くさい日は朝コンビニで買うこともあるし、昼になってから食べに行ったり時間が合えば透や紗雪と行くこともある。
お弁当があったら嬉しいかと聞かれて、会社でも東雲さんのご飯が食べられたら夢みたいですね、なんて答えた......ような気がする。
それでお弁当を作ってきたと。うん、なんで?
「嬉しいですけど、さすがにお弁当まで作ってもらうのは大変だろうし申し訳ないですよ」
「そんなこともないですよ。自分の分を作るついでですから手間もかかりません」
優しすぎる。というか普段からお弁当作ってるんだ。まじですごいな。
「はい、もう作っちゃったんで持って行ってください。そろそろおうち出る時間じゃないんですか?」
「あ、やべ」
支度は終わっていたのでカバンを引っ掴んで家を出る。渡されたお弁当を入れると確かな重みが加わる。
「いってらっしゃい。お仕事頑張ってください」
「ありがとうございます。い、いってきます!」
手を振って見送る東雲さんに手を振りかえしながら歩き出す。
まさかただいまだけじゃなくて、いってらっしゃいまで言ってもらえるなんて思わなかったな。
なんて最高な朝なのだろう。浮かれすぎて事故に遭ったりしないように気を付けなきゃ。
「優太~飯行こうぜ~」
昼休憩に入るや否や、透が誘ってきた。
「あー、わり。今日弁当なんだ」
「ほー、別に忙しい時期でもないのに珍しいな。何か急ぎの要件でもあったか?」
「いや、そういうわけではないけど。まあ少し事情があってな。お前は紗雪と行って来いよ」
そう答えて弁当箱を包んだ風呂敷を掲げて見せる。
「ほほう、それはとても興味深い事情だなぁ?紗雪は連れて行くからあとでたーっぷりと聞かせろよ~」
後ろ手をひらひらさせながら紗雪のデスクの方へと歩いていく。
一緒に飯は食えなくなるし隠すことでもないだろう。別れてすぐに新しい彼女が出来たとかなら間違いなく二人は大騒ぎするだろうが。
だがこれで透と紗雪も二人で飯が食えるわけだし楽しんでくればいい。
さて、と気を取り直して風呂敷を解く。少しワクワクしながら弁当箱の蓋を取る。
ほんのり甘く俺の好みドンピシャの卵焼きに、ご飯がパクパク進んでしまう照り焼きチキン、焼かれてグラタンのようなポテトサラダに、彩りまで考えられているほうれん草の胡麻和え、そしてご丁寧に目までつけられているタコさんウィンナー。
普段から手料理を食べているからこそ分かる。冷食などの市販品ではなく、どれも東雲さんの手作りだ。
感動して内心泣きそうになりながら食べ進める。今なら外食に1000円使うくらいならこのお弁当に倍は出す自信がある。
作った本人はついでみたいに言っていたけれど言葉のまま受け取るわけにもいかない。
世話になってばかりだしどこかで恩を返さないとなぁ。
「で、あの弁当はなんなんだよ」
「いや実はさ——」
昼食を終えて戻ってきた透に、俺は事情をざっくりと説明した。
と言っても、あの日の帰り道にたまたま助けたら過剰に恩を感じて米と引き換えに料理をごちそうになっているという程度だ。家に泊めたなんて知られたら何を言われるか分かったものではない。
「なるほどねぇ。あの後にそんな事件があったなら言えよな~。最近調子が良さそうだったのは別れただけが原因じゃなかったんだな。春が来るの早いね~」
「そんなんじゃねえよ。向こうはまだ19だぞ。7つも上の俺たちなんざオッサンだろ。相手にするわけねえって」
「わっかんねえぞ~。歳の差結婚なんてのもそう珍しいもんでもねえだろ」
「結婚どころか恋愛すらも俺はこりごりだよ」
「......無理もないけどな。だけど、ちゃんと相手のことを見てやれよ」
見るも何もないんだけど。まぁたしかに友達とは言っても東雲さんのこと知らなさすぎるからなぁ。
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