第3話 自己紹介とその後......



 注文を終えて店員さんが去ると、彼女があっ!となにかに驚いた。


「あの、申し遅れました。202号室に住んでる東雲しののめ撫子なでしこです」

「あ、そういや自己紹介がまだでしたね。201号室の西成にしなり優太ゆうたです」

「すみません、全然気付かなくて」

「いえいえ、それは俺も同じですし。それにしても撫子って名前ぴったりですね」

「そう、ですか?」

「ほら、服とかも落ち着いた感じだし......あとは雰囲気?」


 伝えたいことがうまく言葉に出来ないのがもどかしい。


「あはは、そんなこと初めて言われました」

「俺なんか、優太の優は優柔不断の優だってよく言われますから」


 元カノにもよく言われていたことだ。


「それは違います!困ってる私を助けてくれたんですから、絶対優しいって意味の優です!」

「はは、初めて言われてなあ、そんなこと」

「ところで私19なんですけど、西成さんはおいくつですか?」


 19歳か。もうちょっと上かなと思ってたのは雰囲気のせいだろうか。


「俺は26ですね」

「わあ、大人ですね。年上さんなら私に敬語なんか使わなくてもいいのに......」

「学生ならそうかも知れませんが、社会に出れば歳なんて関係ないですよ。たった数年早く生まれたってだけで別に偉いわけじゃありませんから。基本的には誰にでも敬語ですしね」


 今の時代、年功序列なんて制度は古い考えだ。実力があれば年下が上司なんてのは珍しくもない。

 年上が偉いのは当たり前という考えでいると社会に出てから苦労するだろう。


「へえ、そういうものなんですかね」


 と、そこへ店員さんが料理をまとめて運んできた。


「さあ、とりあえず食べましょう」


 東雲さんの前にはドリアとハンバーグ、そしてテーブルの中央には野菜ペーストときのこが乗ったピザが置いてある。


「あの、そのピザ西成さんのじゃ......」

「せっかくだし一緒に食べませんか?そっちのが余ったら俺が食べますから」

「......そんな優しさずるいですよ」

「いいからいいから。冷めないうちに食べましょう」


 呑みに行った時は酒と話がメインでご飯は全然食べてなかったからお腹は空いてる。が、何が食べたいかと言われると迷う。

 そこで彼女が先程見ていたピザを頼んだのだ。どうせなら2人とも得したほうがいい。

 それに、個人的には定番と思われるマルゲリータピザよりもこっちのピザのほうが好きだったりする。

 この野菜ペーストが美味いんだよなあ。ハンバーグに乗せても合うし自宅に常備したいくらいだ。


 それからお互いのことを少し話した。

 彼女、東雲さんはアパートから4駅離れた所にある大学の2年生で、親元を離れて1人暮らし中なんだそうだ。

 大学生ってワードを聞くだけで若いなあと思ってしまう。



 話し込んでいると、店員さんが申し訳無さそうに閉店の時間を告げに来る。

 もうそんな時間か。といっても入ってから1時間も経っていないが。


 会計を済ませて揃って外に出る。


「あの、ごちそうさまでした!絶対、お礼はしますのでっ」

「いやいや、そんな気にしなくていいですって。問題はこのあとどうするか......」

「いえ、それこそ気にしないでください。ご飯だけでも十分ですから!」

「いや、こんな夜中に女の子を1人ほうっておくわけにも......。あー、もし、もしもだけど、東雲さんさえ良ければ、ウチ来ますか......?」

「......ふぇ?」

「いや、嫌ならいいんですけど!お風呂と寝床はあるし、外だと寒くて風邪引きそうだしって思って!」

「......嫌、じゃないです。ご迷惑じゃなければ、お邪魔、したいです」


 思ったよりも承諾するのが早かったな。背に腹は代えられないと悟ったのか。

 途中コンビニに寄って買い物をする。飲み物と明日の朝ごはんだ。仕事でもないのに寝起きで出かけるのは勘弁願いたいしな。

 東雲さんに他に何か買うものはあるかと聞くと首を横に振って大丈夫ですと答える。



 1時間ぶりの我が家へと帰宅する。

 後ろから緊張した固い空気が漂ってくるのを感じる。

 まあ仕方ないよな。俺だって逆の状況だったらめちゃくちゃ緊張するし。いや、そんな状況ないけど。

 車でどこかに送って行こうにも俺はアルコール入ってるから運転出来ないし、車で寝かせるくらいなら部屋に入れた方がいい。


「散らかってて悪いけど、好きにくつろいでください」


 正しくは散らかされた、だけどな。いくら片付けても翌日には散乱してる。

 そういえばアイツの荷物どうしよう。返すべきなんだけど会ったら絶対めんどくさいよなぁ。

 送り付けるにも住所なんざ知らないし。どこかに住所載ってるものとかないものか。

 いや、そんなことは後回しだ。今考えるべきことではない。

 とりあえず風呂を沸かして部屋に戻る。


「今、風呂沸かしてるんで先にどうぞ......あ」


 言ってから気付いた。気付いてしまった。


「わ、私は後でいいんですけど、どうかしましたか?」

「いや、すみません。その、着替えのことすっかり忘れてまして......」

「あ......」


 東雲さんも同様だったようだ。


「服は俺の貸すとして、下着はなあ。コンビニに売ってるかな」


 あるかないかで言えばある。が、それは元カノの物だ。

 サイズ的にも合うか分からないし、そもそも他人の下着を身につけるなんて嫌だろう。

 半ば独り言のような俺の発言に東雲さんは反応する。


「いえ!私は大丈夫ですから!一晩くらい平気です!」


 おそらく俺がどう言っても聞かないだろうなあ。

 さすがに彼女の入浴中に俺が買いに行くわけにもいかないし、ここは一晩我慢してもらうしかないか。

 バスタオルと俺のスウェットを彼女に渡して風呂に送り出す。

 当然、スウェットは一番新しい物だ。においがついててくさいなんて思われたら死ねる。



 東雲さんの入浴中に俺は部屋を軽く片付ける。水の音なんか聞こえないったら聞こえないぞ。

 片付けに熱中していると、東雲さんがお風呂から上がってきた。


「お風呂、ありがとうございました」


 お風呂上がりの女の子ってなんか色っぽいよなあと思いかけて我に返る。理性を保て、俺!

 東雲さんと入れ違いで脱衣場に向かう。

 すれ違いざまになんだかいい匂いが漂ってきたので慌てて脱衣場に駆け込む。

 服を脱ぎ捨て体を洗い、いざ湯船へ。あー、生き返る。


 久しぶりのお風呂だしゆっくり浸かりたい気もするが、東雲さんを待たせてると思うと落ち着かず結局数分で出ることにした。


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