第4話 懐かしのアレ



「あ、おかえりなさい。早かったですね」

「た、ただいま?」


 お風呂上りってただいまで合ってるのか?

 東雲さんは飲み物のペットボトル片手に暇そうにしていた。


「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが......」


 なにやら東雲さんは正座をして真剣な表情をしている。なんだ?


「はい?」

「や、やっぱり彼女さんとかいらっしゃるんでしょうか......」

「あー、いませんよ」

「......あれ?お部屋の物とかお風呂場のシャンプーとか女性物があったし、彼女さんいらっしゃっるのなら私ここにいるのマズイなあとか思ったんですが......」

「そういうことですか。まあ、正確にはいた、ですね。別れたんですよ」

「あ......」


 東雲さんから気まずそうな申し訳なさそうな雰囲気が滲み出ている。まあそうだよな。


「別れたのが昨日のことなんで、まだ何も片付けてないってだけです。だから気にしないでください」

「昨日!?」

「ええ、まあ色々とありまして」

「そんな時にお邪魔しちゃってすみません......」

「いやいや、別に落ち込んだりはしてませんから。むしろ別れてせいせいしてますよ」


 それに別れたおかげで東雲さんにも会えた。彼女が何時に帰って来たかは分からないが、あのまま朝まで外にいたら......。


「そう、なんですか......」

「すみません、こんな話してもつまらないですよね」


 今日初対面の女子大生を部屋にあげて元カノの話なんてどうかしてる。気まずくなる未来しか見えない。


「いえ、あの......もし迷惑じゃなければ、聞かせて欲しいです」

「......え?」


 俺の聞き間違いだろうか。彼女、今なんて言った?


「私、その......恋愛とか経験がないので、そういったお話に興味があるといいますか......」


 ん?現在彼氏がいないどころか、今までいたこともない?

 そういえば家にあげる前に彼氏がいるか聞くべきだったと今更ながらに思う。

 ほんの僅かな時間だが、東雲さんと接して、彼女がいい子だってのは分かる。

 見た目も可愛さと綺麗さを兼ね備えたハイブリッドだし。彼氏がいないのが不思議だ。

 周りの見る目がないのか、彼女自身が恋愛に興味無いのか。いや、話を聞きたいってことは興味はあるのか?


「いや、まあいいですけど、俺の場合はなんの参考にもならないですよ。......付き合ってたのが所謂メンヘラってやつなんですかね。何事も自分中心でとにかく束縛したがる。おかげで誰かと出かけることも出来ないし、家にいても彼女が不機嫌になるからゲームすら出来ないんです。仕事中でもメッセージ返さないと浮気だとか私になんか興味ないんだとか言われますからね」

「そんな方がいるんですね......」


 ほら見ろ、会ったことのない東雲さんだって引いてるぞ。てかこれじゃあ話ってよりただ愚痴ってるだけだな。


「そんな日々の繰り返しで疲れちゃいましてね。何度か別れ話もしたんですが、その度に死んでやるとか騒ぎ出す始末で......」

「その、なんでお付き合いしようと思ったんですか?」

「うーん、なんでだろう。多分その時はフリーだったし告られたから試しに付き合おうみたいな感じでしたかね。初めはネコ被ってましたしね」


「あー、なるほど。お試しでお付き合いするというのもあるんですね」


 東雲さんがどこに納得しているのかはさておき、たいていの人は相手によく思われたくてネコを被るだろう。

 人が心の中で何を考えているかなど分からないものだ。彼女と出会って狙われてしまった自分の運の悪さを呪うべきか。


「まあ、それももう終わりです。これからは気ままにゲームしたり同僚と飲みに行ったり悠々自適に暮らせます」


 つい言葉と同時に伸びをしてしまう。


「西成さん、ゲームってなにやるんですか?私もわりとやるんですよね」


 ほう、東雲さんがゲーマーとは意外だな。

 しかし、彼女のいうゲームと俺の言うゲームが同じであるという可能性は低いだろう。


 俺はテレビの前まで行くと台の奥に封印されていたモノを引っ張り出す。


「あっ、それハチハチじゃないですか!」

「え、知ってるんですか!?」


 それは大手ゲーム会社、原点堂が造り出したゲーム機『ゲンテンドウ88』。通称ハチハチだ。

 発売からもうかれこれ20年以上経つかと思うのだが、まだ大学生の東雲さんが知ってるのはさすがに驚いた。

 俺は最近の精巧なゲームより、この世代のゲーム機の方が好きだ。


「お父さんが持ってて、実家にいたころよくやってたんですよ」


 なるほど。お父さんグッジョブ!


「てっきりゲームってスマホかスウォッチかと思いましたが、まさかハチハチをやっているとは......」

「あはは、なんか新しいのってあまり好きになれないんですよね」

「俺もそうかなあ。ハチハチくらいの画質が丁度いいです」

「分かります!あと最近のは無駄にキャラが美形すぎるんです!」

「あー、たしかに。何頭身だよって感じでもはや別のキャラですよね」


 まさか女子大生とゲームの価値観が合うなんて不思議だ。


「あ、スマシスあるじゃないですか!一緒にやりませんか!?」


 いつの間にか隣に来ていた東雲さんが一つのソフトを手に取っていた。

『大乱闘スマッシュシスターズ』。色んなキャラがバトルロイヤルするアレである。

 まあ男の部屋で寝るってのも難しいだろうし、ゲームしてたほうが気が紛れるか。


「ブランクはあるけど、俺結構熱中してましたからね」

「お、いいですね。私も久々なんで楽しみです」


 スイッチを入れて自然と隣同士に座る。迷うことなく対戦モードを選択する。

 このゲームではタイトル通り、プレイヤーが操作できるのは女性のキャラだ。俺は当時一番使っていたピンクの服を着たお姫様を選ぶ。

 原作ではよく攫われるのだが、こんな多彩な技と強さで何故攫われるのか疑問だ。実は全て自演なのではないか、と当時よく考えていた。

 東雲さんは迷うことなくピンクの恐竜を選んだ。俺がほとんど使ったことの無いキャラだ。

 ステージは、初めということもあってとりあえず何も障害がないシンプルな場所を選択。



 そして、いざ戦いの幕が開く......。




「いや、ちょ、まっ、そのハメ技はヤバいって!」


「油断したらダメですよー!あ、ミスった。あ、ちょ、そんな追い打ちひどい!」


「復活時の無敵モード使ってハメ殺しはエグすぎるでしょ!」


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