第2話 いたりあ~んなお店



「こんな時間にどうかしたんですか?」


 俺は意を決して尋ねてみた。いつもなら初対面の人に話しかけるなんて出来ないが、今日は酒も入ってるしやっと束縛から解放されて気分もいい。


「えっと、実は家の鍵をなくしてしまいまして......」


 そう言ってチラッと後ろの扉を仰ぎ見る彼女。

 家の鍵?ってことは隣の住人?


「あー、そうでしたか。じゃあ、大家さん......いやこの時間じゃ連絡つかないか」

「それもあるんですけど、実はその......出かける時に慌てていて、スマホを家の中に忘れてしまいまして......」


 そんなことある?

 見た目は若い。20歳かそこらだろう。そんな今どきの女子がスマホ無しで出かけるなんてあるのか。

 元カノあいつなんて俺が少しでもスマホをいじると不機嫌になるくせに自分は家でも外でもスマホばっかだぞ。

 財布を忘れることはあってもスマホだけは絶対に忘れない。そもそも俺といる時に財布を出すとこ見たことないけど。


「まじか。それは災難ですね。じゃあ朝までどうにもならないってわけか......」

「はい、誰にも連絡も取れないしとりあえず朝までここにいようかなって」


 朝まで?ここで?

 まだ10月とはいえ、夜はけっこう冷え込むぞ?


「ここじゃ風邪引くだろうし、どこかネカフェでも......いや、さすがに遠いか」


 ここは駅前ですら潰れかけの商店街しかないど田舎なのだ。ネカフェなんて洒落たもんは徒歩圏内には存在しない。


「わ、私のことはお気になさらず。大丈夫ですので。朝になればなんとか......」


 ぐぅ〜〜〜〜〜〜。


 言葉と同時に彼女のお腹からとてもかわいい音が聞こえた。その瞬間彼女は真っ赤に染まった。

 さすがにこれを聞こえてないことにしろってのは無理な話だ。


「えっと、ご飯は?」


 さすがにネカフェはなくともコンビニは徒歩圏内に存在する。


「それがその......、今日友達と遊びに行ったんですけど、そこでお金使い果たしてしまいまして......」


 彼女の傍らには紙袋が置いてあるのが見える。

 はぁ〜!?鍵もねェ!スマホもねェ!お金もそれほど入ってねぇ!

 何幾三だよ。

 さすがにこの状況で大丈夫と言われても、はいそうですかと放置するほど俺は人間腐ってない。


「あー、とりあえずちょっと待っててください」


 そう言い残して自宅に入る。


 せめて食べ物を......と思ったのだが、見事になにもない。

 そうだよ、それもあって今日は飲みに行こうと思ったんだよ。

 うーん、こうなったら仕方ない。

 俺は飲みすぎで近くなっていたトイレを済ませてからスーツを脱ぎ、簡単に着替える。


 家を出ると、隣人は先程と変わらない体勢でいた。

 俺が出てきて少し驚いているみたいだ。待っててくれって言ったんだから出てくるのは当たり前だろうに。


「よし、とりあえず飯食いに行きますか!」


 俺がそう提案すると、彼女は一瞬ぽかんとした後、更に驚いた顔をする。


「え!?いや、あの!そんな、大丈夫ですので!ホントに!」


 いや、何が大丈夫なんだ。

 たしかにオッサン、初対面、酔っ払いとハットトリックをキメてるやつにほいほいついていくのもそれはそれで心配になる。

 しかし見てしまった以上は見て見ぬふりは出来ない。

 これで明日になって彼女が倒れていたり最悪の事態になってしまったら悔やんでも悔やみきれない。


「俺が大丈夫じゃないんで。このままじゃ気になって眠れそうにない。それに、体は正直みたいですし」


 彼女が否定の言葉を発した直後に再び鳴るお腹。笑いそうになるが我慢だ。


「うう......。ホントに、ホントにいいんですか?」


「遠慮することはないです。これも何かの縁だろうし、隣同士困った時くらい助け合いましょう」


 少しクサイだろうか。だが、今日で良かった。

 昨日までに彼女が同じ状況に陥っていたら、俺は助けることが出来なかったかもしれない。

 そんなことをしようものならきっとメンヘラ女王が怒り狂うだろうから。


「......それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。お礼は必ずしますので」

「そんな畏まらなくていいですよ。とりあえず行きましょう。荷物はとりあえず俺の部屋に入れましょうか」


 言いながら彼女にコートを渡す。が彼女は不思議そうな顔をしている。


「その恰好じゃちょっと寒いでしょう。オッサンのなんて嫌かもしれないけど無いよりはマシかなって」

「あ......ありがとうございます」


 彼女は消え入りそうな声でお礼を言いつつ受け取り、おずおずと袖を通す。


「......あったかい」


 俺のコートを来て自分の体を抱きしめている。やっぱり寒かっただろうな。


 と思うと、彼女はコートのにおいを嗅ぎ出した。


「ちょ、何してるんですか!くさいだけですから」

「ううん、落ち着くいい匂いです」


 はぁ。お世辞とわかっていても嬉しくなってしまうのは歳だろうか。

 というかいきなりにおいを嗅ぐなんて天然なのかな。それともフェチ?




 それから2人で特に何を話すでもなく俺が先に歩いて後から彼女が付いてくるという構図。

 しばらくしてたどり着いたのは、イタリア~ンで安価なファミレスだ。

 しかし入ろうとすると、隣人がついてこないのに気が付いて振り返る。


「どうしました?」

「あ、いえ......てっきりコンビニでも行くものかと......」

「そっちのがいいならそうするけど、金曜のこの時間に食べたいものがあるかは分かりませんよ?」

「あ、いえ、別にそういうわけじゃ......」


 俺が手招きすると彼女はトテトテと小走りで寄ってくる。かわいいな、動物かよ。

 入店し案内されて席につく。店内には数組しか客はいない。


「こんな遅い時間でもやってるんですね。驚きです」

「まあ、こんな田舎じゃファミレスなんざ閉まってる時間だもんなあ。都会なんかじゃ朝までとかやってるのも当たり前らしいですけど」

「そうなんですね」


 会話しながらも、彼女はメニューに夢中だ。時折うーんと悩む声が漏れている。


「遠慮せずどれでも好きなもの頼むといいですよ」


 と声をかけるもページを捲ったり戻したりと迷っている。

 遠慮してると言うより、どれに絞るかって感じか。


 彼女は結局ドリアとチーズの乗ったハンバーグに決めたらしい。

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