第45話私はアイドルになれない②
翌朝、私は天拳無手勝流修練場前に来ていた。
修練場は私の住んでいる村サスディカからは少し離れた場所に位置しているが、見晴らしの良い高さ70m程の高台の上に位置している。
石段にして300段程登る羽目にはなったが、後ろを見渡せば村全体しかり、青海原の限りを見渡せる見晴らしの良い場所である。
敷地内を隈なく囲っている塀があり、木造づくりの門の目の前にはレンとランが門番をしていた。
ちなみに二人はダンのお兄さんとお姉さんで、彼等はこの見渡しの良い高所からサスディカと王都オラシェスタットを繋ぐ街道を見守ってくれているのだ。
「上から見えてはいたけど、やっぱりエリーちゃんね。おはよう。…それにしてもこんな所に来るなんて珍しいわね?なにか用事でもあるのかしら?」
ランは挨拶がてら不思議そうに要件を聞いてきたので、私も挨拶と共にここへ来た理由を伝えた。
「おはようございます。実はちょっとダンに聞きたいことがあって…」
「あら〜!わざわざこんな所にまで来てダンに聞きたいこと?それって…なんだか二人して怪しいわ〜。
まったく…エリーちゃんもしょうがないわね…ここだけの話だけど…ダンにはまだ他の女の気配はしてないから、浮気を疑わなくっても大丈夫よ。」
「よせ、ラン。ダンの大切な客人だ。あんまりからかうんじゃない。」
「…もう、お兄ちゃんたら、冗談が通じないんだから…エリーちゃんもごめんなちゃいね、うちの兄が堅物で、うふふ。」
ランは少しだけ悪びれた表情をすると口元を両手で隠し笑った。
レンはそんな妹の姿を見て呆れたかのようなため息を吐くと、
「妹がすまなかったね。…ところでダンのことなんだが…
わざわざこんな所にまで来てもらったのに、こんなこと言うのは申し訳ないのだけれど…
ダンの奴は最近、ブロックさんにいたく気に入られてね、実戦の経験がてらに修行と言う意味合いも含めて、ギルドの討伐依頼に出かけていて、今、この場には居ないんだ。」
「そうなんですか…そう言えば最近、ソフィもブロックさんとダンのチームに誘われて、三人でよくギルドの仕事をしているみたいな話をしていましたね。」
「あら…誰もエリーちゃんのことを誘ってあげないなんて皆んな冷たいわね?って、どう考えてもエリーちゃんは冒険者って感じじゃないもんね。」
「そうですね。冒険者って言ったら強くないといけないでしょうし、なにより常に命掛けのイメージですし、私にはとても務まらない仕事だと思います。
それに私には他になりたい職業が…あっ…ダンがいないなら、代わりに二人に聞きたいことがあるんですが…」
レンとランは私の突然の質問に少しだけ疑問を感じたのか、互いの視線を合わせたのち、レンが私に向かって、
「まぁ…僕たちに答えられる質問かはわからないけど…どうぞ。」
「二人は…アイドルと言う職業を知ってますか?」
私の切実な質問を聞いたはいいが、予想だにもしなかったであろう内容に二人は呆気に取られたかのような表情を浮かべた後、
レンは両手を組み考え込むが、程なくして首を捻ると、
「すまない。知らないし、聞いたこともないな…力になれなくて申し訳ない。」
そう申し訳なさそうに謝って来たので、私は不安が的中したのだと落ち込みながらも、不躾な質問で彼を困らせてしまったのだと理解し、レンは悪くないのだと必死にこの場を取り繕う。
すると、それを見ていたランは思い出したかのように急に、
「知ってる…わたし、知ってるわ…」
「えっ…?」
私は耳を疑った。でも…いた。やっぱり、いた!!ようやくアイドルを知ってる現地人を見つけた!!
尋ねても誰一人知らず、余りに認知度が低くて不安だったけど、この子は知っている!
良かった。私のアイドルになる為の今までの努力は決して無駄なんかじゃなかった…
そんな私の気を知ってか知らずかランは話を続けた。
「あいどーる…確か…
最近、魔界から南大陸に海伝いに渡って来た新種の魔物ね…」
「……あの、私…初めに職業って言いましたよね?
なのにそれだと…なんですか?私がなりたい職業は魔物ってことですか…?」
私の切実な訴えを聞いたランは、
「キャハハ‼︎エリーちゃんって魔物になりたいの?
なにそれ、やだもぅ!エリーちゃんたらおもしろ〜い‼︎」
おもしろ〜い‼︎じゃないわよ‼︎
ようやくアイドルを知ってる人に会えたと思ったのに…返して…私の期待を返して‼︎
そう思いながらも、決して口には出せない不満が戦で追い詰められた武将のようにうねり声となって口元から外へと漏れ出る。
「ぐぬぬッ…」
っと言うより、武道の精神に通ずる者がどうしたらこんなにギャルぽい性格になるのよ!
この道場では一体なにを教育されているの?
そんな二人のやりとを見かねたレンが、
「よせラン。そんな魔物は存在しないし、これ以上彼女をからかうんじゃない。」
「ふぁい。ごめんなちゃいお兄ちゃん。ってことでエリーちゃんもごめんね。てへっ。」
謝りながらもその表情は照れ笑いを浮かべ、目元にピースサインを形作った右手を添える彼女には反省の色など毛頭ない。
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