第二章旅立ち編

第44話私はアイドルになれない。

私は自室のベッドの上でうつ伏せに寝ころび、枕に顔を埋めながら泣いていた。


先生との別れから数ヶ月が経過し、8歳を過ぎてなお、今まで気づかなかったのだ。

この世界にアイドルと言う概念が存在しないことに…


即ちアイドルと言う職業がないっと言うことに気がつかなかったのだ。


そのことに気づくきっかけを与えてくれたのはソフィだった。

あの誘拐未遂事件以降、私達の絆は深まり、彼女とも仲良く交流していた。

なにより、前世で妹だったカエデを彷彿とさせ、かわいい妹のような存在が出来て嬉しかのだ。


私はリリィ先生の生前の意思もあり、ソフィと友達でいる為、そして、いつか共にアイドルグループのメンバーとして活動する為、

彼女にダンスや歌を指導しようとしたのだが、ソフィはその訓練をごとごとく拒んだ。


「私は確かにエリーの詩や踊りを見聞きすることは好きですが、自分で踊りや詩をうたうのは好きではないのです。

どちらもエリーのように上手くないですし、なにより恥ずかしいんです!」


彼女は恥じらいからか、そう言い訳をすると練習を拒否した。


だけど、私から言わせてみれば、何事もやってみなければわからないのにやりもせず、人目を気にして自身の未知なる可能性を易々と否定した彼女の行動には、勿体なさしか感じない…


そう思ったからこそ、私は彼女を諭す為、


「確かに最初は人前で歌やダンスを踊るのは恥ずかしいかも知れない。

だからっと言って、恥ずかしいや上手くないからなんて言い訳ばかりして、やりもしないで自身の夢を諦めちゃうなんて勿体無いよ!


ソフィだってあんなにアイドルになりたいって言ってたじゃん‼︎だから…人目なんて気にせずにもう少し頑張ってみようよ‼︎」


だが、そんな私の情熱とは裏腹に彼女の返事は非常に冷たく…


「いえ…私は一言たりともその…あいどるっとやらになりたいなどと言った覚えはありませんよ!」


「えっ…?」


「えっ…?じゃ、ありませんよ。なにを真剣な面持ちですっとぼけてるんですか‼︎

いくらエリーでもそう言う嘘をつくのは許しませんよ!」


「嘘じゃないもん!冗談だもん!プイッ。」


「むぅ…っ、…プイッ。じゃ…ありませんよ。可愛い子ぶって顔を背けたって誤魔化せませんよ!」


ソフィは少し動揺したように私から視線をそむけると、


「そもそも、その…あいどるっと言うのはなんなんですか…」


「えっ?ソフィもアイドルを知らないの?」


「知りませんよ。多分、エリーの話から推察するに、なにかしらの職業なのでしょうが…聞いたことがありません。」


ソフィも知らない?先生やソシエもそう言えば知らなかったけど、この世界ではアイドルはまだメジャーな存在じゃないのかも…

まさか…まだ地下に潜っているのかもしれない。っとこの時はまだ思っていたのだが…


「私はこれでも見聞がある方ですが、王都に住んでいた時でさえ、あいどるなんて存在を耳にしたことがありません。

その…エリーには申し訳ないのですが、そもそも、本当にそんな職業があるのでしょうか?


それと…ですね。そもそも私の夢はですね…大賢者さまのように………」


私は彼女の発言を聞くなり全身に不安がよぎると気が気じゃなくり、ソフィが今話している内容が頭に入ってこなくなっていた。


その後、彼女と別れた後、すぐにでも他の人にも確認したいという衝動に襲われるが…

もし本当に存在しなかったらと考えると怖くなり、とても不安で…


その晩、家族で食卓を囲む中、私は父アヴェントと母エセルにクイズ方式にてアイドルを知らないか、それとなく確認してみたのだった…


「じゃじゃん♪突然ですが二人に問題です。」


「きゃ〜!急になにかしら?ママに答えられるかしらね〜?」


「パパは大丈夫だよ。基本的になんでも答えられるからね。なんでもござれだよ。

それにこの問題に正解したらご褒美として、エリーから直々にほっぺにキスがあるんだもんね?

パパは俄然、やる気が湧いてきたよ‼︎」


「…そうゆうのはありません。っと言うか、賞品はありませんし、そもそも、そうゆう変な発想はやめて下さい。」


アヴェントは少しへこたれたように俯いたが、いつもの様にすぐさま立ち直り、顔を上げた。


「それでは問題です。歌って踊って皆んなから愛される職業はなんでしょう?」


最初に答えたのはエセルだった。


「うーん…踊るかはわからないけど…一番近いとすれば吟遊詩人かしら?」


「ブッブー!違います!そんな渋い感じの名称ではありません。」


すると、しめたと言わんばかりに母の横でアヴェントが含みのある笑みをうかべると、メガネの柄を指で軽く摘むと位置を整えた。


「フッフフ…僕は分かったよ。歌って踊って皆んなから愛される職業…それはね……」


知っている…


その含みを込めた口ぶりと自信に満ち溢れた表情から察するに、間違いなくアヴェントはアイドルっと言う存在を知っている…そう私の直感が告げている…

っと言うかこの人、そうゆうのが好きそうだわ。


私はそう確信すると、今から正解を発するであろう彼の口元を一心に見つめ、固唾を飲んでその時を待った。


そして、次の瞬間にはアヴェントの唇が動き始める…


さぁ…言うのです。アイドルっと…




「酔っ払いだね。」


「……違います…全然違います。全くもって違います。」


「アッハハ。アナタったら嫌だわ。酔っ払いは職業じゃないわよ。あはは。」


エセルにはウケたみたいだけど、私は笑うどころか期待が膨らんでいただけに裏切られた分、不愉快になり、父の答えも存在も完全に否定したい気分に襲われた。


って言うかこの人が酔っ払ってるの?職業だって言ってるのに!


「じゃ…じゃあ、答えはなんなんだい?」


「ブッブー!ふざけた人には教えません。」


「えっ⁉︎そんな…じゃあ…パパへのご褒美のチュウはどうなったんだい?」


「…そもそも正解してないですし、そうゆう変な発想はほんとにやめて下さい。」


項垂れるアヴェントを他所に私の中の悪い予感は膨らむばかりで、今夜はあまり良く寝付けなかった…

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