第43話もう恐れる必要などない。

その後ろ姿はかなりの巨体で両手と頭部を懸命に動かし、まるで地面落ちているナニカを貪り喰っているかのようだ。


ソレは食事に夢中になっていて、僕の存在にはまだ気づいていないようなので、ここはひとまず息を殺し、見つからないようにと道を迂回しようとした時、


奴は食べ終えたモノを周囲に投げ散らかしていたんだけど、その中の一つがこちらに向かって転がりこんで来ると、不思議なことに僕の目の前でピタリと止まり、ソレと目が合った。


投げ捨てられたモノの正体…それは人間の生首で、死の間際、余程の恐怖を味わったであろうことが、その亡き表情から容易に想像できた。


僕は咄嗟の出来事に驚きつつも、喉元まで出掛かっていた悲鳴をなんとか飲み込むと、この場は奴に気づかれずにすんだのだが…


暗がりの中、松明の灯りに薄らと照らされるそれを見て、なにより気になったのは、この顔に見覚えがある。っと言うこと…


恐怖に歪んだ表情は生前の面影から遠くかけ離れてはいたが、それが黒狼の牙のリーダーだと気づくまでにはそう時間はかからなく…


僕は変わり果てた彼の姿を見て悲鳴を抑えきれず、ヤツはそれを聞くなり食事の手を止めるとこちらにゆっくりと振り返った。

その顔つきは灰色の毛に覆われた巨大な猿人のようであり、


この怪物の正体は人喰い鬼オーガだ。


奴は新たな食事を見つけ興奮を抑えきれなと言わんばかりに両手を高く掲げ手のひらを叩いている。


筋肉質な巨体を立ち上げた姿は僕の三倍以上の大きさがあり、

先程まではオーガの後ろ姿に隠れて見えてはいなかったが、奴の足元には残りのメンバー達の無惨な亡骸が転がっていた…


僕はそれを見て、その場に腰を抜かし悲鳴を上げることしかできず…

だからと言ってオーガは容赦などしてくれない。


ヤツは大猿のような動きで僕の元まで素早く駆け寄ってくるとそのまま勢いよく僕の腹部を殴りつけた。


あぁ、僕はここで奴に食われて死ぬんだ…


殴り飛ばされ薄れゆく意識の中で……って、アレ?全然痛くない⁉︎意識も遠のかない‼︎


むしろ、僕を殴りつけたオーガは自身の拳を庇い、痛みで地面に転がり込んでいる。


これはチャンスだと思い、僕は慌てて体制を立て直すとオーガに向かって片手剣を振り下ろした。

すると放たれた斬撃は距離など無視し、直線上にいたオーガの胴体を真っ二つに切り裂くと奴は一撃で絶命した。


信じられない…


オーガは脅威度B級中位に位置する上位捕食者。それをいとも簡単に倒せるなんて改めて自身の能力の凄さを実感する。


僕は討伐したオーガの頭の角を切り取ると、かつての仲間達の亡骸の元まで歩いていく。

無惨に食い散らかされた彼等の死体。それらを見ても、僕はもうなにも感じない。


きっと今回の体験で僕の中でなにかが変わったんだ。


Aクラス冒険者にまでのぼり詰めていた黒狼の牙だったが、所詮は僕の付与能力【きび団子】があってのこと。


能力を回収された彼等の本来の実力はDクラス程度で脅威度B級に位置するオーガに彼等が勝てる道理などない。力を奪われたことにも気づかずオーガと戦って敗れたのだろう。


僕は彼等の死体から黄金で出来た冒険者プレートを取り上げる。


コレをギルドに提出すれば死亡認定され、無駄に捜索されることも、彼等の大切な人達にも帰りを待たすこともない…

ギルド職員からは多少の事情聴取は受けるがこれくらいの義理は果たしてあげよう。


最後の方は僕をこんな危険地帯に置き去りにしたり、文句ばかり言う嫌な連中だったが、

結局の所、僕が彼等を巻き込んだコトにはなんら変わりないのだ。


寧ろこんなコトになってしまって申し訳ないとさえ思っている。


全ては創造者がいもしない破壊神などという存在を探し出せなどと言わなければ、こんな悲劇は起こらなかった。


きっと、僕はあいつに騙されたんだ。


そこに一体どんな思惑があって、こんなことをしたのかは今となってはもうわからない。


だとしても、曲がりなりにも創造者の要望どおり、破壊神は探してやった。それで奴への義理は果たしたとそう解釈し、死んでいった黒狼のメンバー達の亡骸を見て、僕はもうこの長かった旅路を終えることを決心した。


せっかく生まれ変わったんだ。命を無駄に危険に晒す必要などない。


城下街にでも帰ったらギルドにでも直接雇って貰って、色々な冒険者達に僕のきび団子を振り分けて役にでも立ててもらおう。

そして、可愛い受付嬢の彼女でもつくってセカンドライフを謳歌するんだ。


そんな新たな人生プランを考えていた時、背後からカシャカシャっと甲冑を着込んだ者が鳴らすであろう独特の足音が近づいて来た。


僕は音のする方に振り返ると暗闇に向かって松明を掲げ、闇を薄く照らすと、その先に居たのは全身を漆黒に染めたプレート・アーマーで、鎧の至る所の先々が尖っており、禍々しさを醸し出している。


黒騎士。まさにそんな印象を受けた。


次は鎧の魔物リビングアーマーかなにかか…


奴は僕に向かって剣を構えたが、もう恐れる必要などなかった。

ホブゴブリンの集中攻撃だろうが、オーガの拳だろうが、今の僕には効きはしない。


ましてやリビングアーマーなど脅威度C級辺りか?

僕は奴が攻撃に移行する前に片手剣を振り下ろすと奴は一瞬で消し飛んだようで、舞い上がる砂煙と共にこの場から消え去った。

今の僕に勝てるやつなんてこの世界には存在しないのかもしれない。

そんなことを考えていた時、右肩から左脇腹にかけて熱く鋭い痛みが一閃走った。


「ぐゥッ…‼︎」


するとどうしてだろう…

吹き飛ばしたはずのリビングアーマーが僕の背後に立っていて、先程構えていた剣は既に振り下ろされた後のように剣先は地面へと向いている。


そして、ヤツは滑るように斜めに…


いや違う。


斜めに滑り落ちたのは斬られた僕の体だった。あり得ない。防具に付けたきび団子は解除していないのに…


僕の体は地面へ倒れ、もう起き上がることも出来ない。


あと残り数秒の薄れゆく意識の中…


最後に奴の声を聞いた…


-また一つ、世界は滅んだ-




























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