第39話別れ
誘拐未遂事件から約一年ほどの歳月が過ぎ、エリーはソフィアと共にメルロ達から色々なコトを学び、
彼女達による教育も一通り終わりを迎えようとしていた時、突如、メルロが床に臥した。
医者の見立てによると老衰による症状とのことで、ソシエの話によると最近のメルロは歩く速度も低下し、よく転倒するようになっていたそうだ。
今のメルロは最早歩くことも出来なくなっており、自室から出てくるコトもなくなると毎日をベットの上で過ごす日々が始まる。
エリーは日に日に弱っていくメルロの姿を見るのが辛かった。
前世でさえ、祖父母よりも早くに亡くなってしまった彼女にとってメルロは師でありながら、いつの間にか本当の祖母のような親近感を抱いてしまっていたコトに気がつく。
そして、メルロの死期が近いコトを悟り毎日彼女の元へと通った。
メルロは老衰で寝込み始めてからたった数日で食事量が低下し、元々細かった体がさらに痩せていく。
脳機能も低下し、意識を保つのも難しくなってくると、
メルロは最期にあなたの詩が聞きたいと細く枯れた声で彼女に頼むと、エリーは涙ながらに心良く承諾してくれた。
エリーはメルロの最期に人生の素晴らしいさ、特別な人との出逢いの喜びを綴ったアイドルソングを贈った。
意識を保つのも難しくなっていた彼女に不思議とその歌声ははっきりと届き、
エリーの魔力がメルロの薄れゆく意識に浸透すると、彼女は最後のコンサートを見ることとなる。
もう、自力では指さえまともに動かすことも出来なかった体が、ここでは舞台下から彼女を見上げ、自身の足で立ち歩くことも出来る。
美しく穏やかな旋律。優しい歌声に心洗われ心落ち着き。
舞台の上で煌びやかな光に照らされ、歌い踊る彼女の姿はまるで女神様のようだとメルロは気がつく。
自身の人生を神に捧げ祈り尽力した。
そうしてようやく、今、目の前に人々に活力や様々な喜びを与えてくれる、まだ幼く小柄ながらも立派な女神が光輝く舞台の上へと舞い降り、
メルロは彼女に畏敬の念と羨望の眼差しを向ける。
メルロは今世にまだ未練がある。
最期の最後に探し続けたあの人に逢いたいと舞台で歌い踊る光の女神に救いを求めて手を伸ばすと、その指先から景色は一変し始め、
エリーのコンサート会場から流れる様に空間一面に青空が広がる場所へと移行していく。
現実世界でメルロが息を引き取った瞬間でもあった。
彼女はこの空間へ移行する瞬間に時の流れを見ることとなる。
これから、あの世界でなにが起きるのか、なぜそんなコトが起きたのか…
メルロは胸が張り裂けそうなぼどの悲しみを味わうと同時に、
自身の一生に置いて、終わりを迎えた今こそが最大にしてもっとも重要な役割を与えられていたんだと知り、これこそが自身がこの世に生を受けた理由だったのだと理解した。
するとメルロの容姿は生前の老婦の姿から、若き日のそれへと変貌しており、
その瞬間、彼女の目の前の空間が歪みだすと
黒い裂け目のような空間の亀裂の中から、
彼女が死の間際まで求め、願い、欲した人物がこちらに向かって歩いてくる。
その人物は袂をわけてから半世紀以上の歳月が経つのに彼の姿は変わってなどいない。
「エリザベス!…いや、リリィか…随分と久しいな。思い返せばアレから六十年以上の歳月が過ぎたと言うのに…
あの頃と変わらない姿のままとは…此処は一体…」
「半世紀以上もの間待たせておいて、ようやく再会した恋人に一番初めに言う台詞がそれですか?
まったく…そういうところも何一つ変わっていませんね。
私は貴方の安否を忘れた日など一日たりともなかったというのに…
オスキュリテ…
私、ずっーと貴方を探していたんですよ…」
メルロは今ようやく想い人に再会することが出来た。
葬儀は教会近くの大海原が見渡せる、見晴らしのよい崖の近くにて行われ、何段にも組み重ねられた木材の上にリリィの遺体は置かれ、火で焼かれた。
彼女の葬儀には沢山の人達が集まり、その沢山の人達がリリィのことを想い、中には涙する者もいれば、彼女との思い出を懐かしむ人々もいた。
私が先生と一緒に居た時間は決して長くなどなかったが、これだけの人達が先生の為に集まってくれたのだと思うと、なぜか私が誇らしくなってしまう。
見たことのない人ばかりだったが、かつて先生と共に魔人族と戦った英雄と呼ばれて居る人達もいたようだ。
そんなふうに先生と共に生きた仲間の人達を見ていた時、一人の女性が私に話しかけてきた。
「エリー…」
「なに?ソシエ。」
彼女は膝に両手をつき、私の背丈の高さまでかがんだ。
「私達の師はお亡くなりになりました。
そして、エリー。貴方はもう私達から教えられることは全て学び終えています。
そうですね…なにを言いたいのかと言いますと…」
ソシエは私の成長を間近で見てきて、もう自分達の手を離れてもいい時期だと判断し、
今回のリリィの死を区切りにまた巡礼の旅に出るコトにしたようだ。
私はその話を聞いて寂しくなるとソシエに抱きつき、
「大丈夫ですよ、エリー。
貴方は私の唯一の妹弟子であり、師エリザベスの最後の弟子。
ここで人生の交わりが一度離れようとも、私達の関係は変わりません。
なにか困ったことがあれば、私を頼ってください。貴方は私の可愛い妹弟子なので必ず駆けつけますからね。」
ソシエは自身の胸元にうずくまる私の頭を撫でると彼女は立ち上がり、そう遠くない内にこの村から去っていった。
そして、私は実の姉のように慕っていたソシエの背中を見送り、私を大きく成長させてくれた大切な人達との別れを経験し、
私の人生にも一つの区切りがついたのだと理解するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます