第38話裏方②

キドナップとその部下である二名の男達は森の中を一心不乱に逃げ惑う。

息がきれ、足が悲鳴を上げて動けなくなるとようやく後方を振り返り、

追尾されていないことを確認するとあの場から逃げ切れたコトを安堵し、その場にへたり込む。


エリーの能力【ボイトレ(悲鳴)】により、恐怖心が付与された効果もあるが、

頭が破裂してしまいそうな程の爆音量の悲鳴を脳内で流され続けた結果、彼等はトラウマを抱えていた。


呼吸はままならなくなり、思考さえ停止させられてしまう程のあの強大な力。

それを目の当たりにして、なすすべもなく殺されるしか選択肢しがなかったのだと己の無力さを痛感した。


キドナップは二度とあんな思いはしたくないと項垂れ、同時に人生で初めて生きていることに感謝した。


「おやおや、随分と落ち込んでいるように見えますがどうかなさいましたか?」


だが、そんな感傷に浸っている時間は無いとでもいうかのように、ある二人組の男達が彼等の前に現れる。


キドナップは二人組の片割れの大柄な男の姿を見て、自身の不運さを心の中で嘆くのだった。

それは自身より格上のBランク冒険者のブロックであり、この周辺国の冒険者の中でも最強の一角とも言える男だ。


そして、二人組のもう一人の男はエリーの父親のアヴェントであり、

当然のことながらキドナップは彼のことなど知らず、今、重要なのは如何にしてブロックを欺きこの場をやり過ごすかだ。


「いやぁ〜情けねぇ話ですがぁ、獣を狩に猟に出ていたんですがねぇ、

森へ深く潜り込み過ぎてぇ、恥ずかしながら家への帰り道がわからなくなりぃ途方に暮れていたって訳ですよぉ。」


キドナップは彼等が自分のことなど知らないでいてくれと、いちるの望みを期待したが、


「それはそれは大変な思いをなされましたな、キドナップさん。」


「…ギド…ラッ?えっ?誰ですかそいつぁ?もしかしてオイラを誰かと見間違えてるんじゃないですかねぇ?……ッ‼︎」


キドナップはシラを切り、なんとか時間を稼ごうとしたが、突如、自身の両手になにかが刺さるような痛みが走り、


自ずと痛みの先に視線が向くとそこには小さな細い針が刺さっており、針を抜く。ただそれだけの行動を意識した時、自身の両手が動かなくなっていることに気が付いた。


「…ぐっ⁉︎」


すると、次に先程と同様の痛みが両足に走ると、同じく足が言うことを聞かなくなりキドナップは地面へと前屈みに倒れ込む形となった。


「おやおや…コレはなんとも首を切り落としやすい格好ですな。

面倒ごとが一つ減りましたな。先生。わざわざありがとうございます。」


キドナップは戦慄した。

ブロックの発言を聞くにもう一人の男がコレをやってのけたのか?どうやって?

いや、そんなことよりもこの状況を打開しなければまずい‼︎


命の危険を感じ心臓は激しく鼓動する。

そして、全身に冷や汗を掻く中、もう後がないと感じた脳はいつも以上に早く回転し、彼は気がついた。針を刺されていない箇所は動かせるっということに、


「おまえ達ぃ‼︎一人は奴等を殺せぇ!もう一人はオイラの体からこの針を抜けぇ‼︎」


この無茶苦茶な命令に部下二名は困惑した。

当然どちらもブロックの名を知っており、自分が奴の相手をする。などとは言えない。


なにせ対峙すれば間違いなく殺されるからだ。


部下の二人は互いの顔を見合わせると、言葉など交わさずとも意思の疎通が可能となっていた。


二人の思惑は一致し、キドナップのことなど見捨ててこの場から逃げようとした時、自身の胴体に鋭利な何かが食い込んで来たことに気がつくが、時すでに遅し。

ブロックの大剣により彼等の胴体が横一線に真っ二つに両断された。


「感心出来ませんね。この期に及んで二人並んで棒立ちしているなど…心中はお察ししますが先程から隙だらけでいけませんな。

なにせ実戦では敵は待ってなどくれませんからな。」


ブロックは部下二名を斬り伏せるとそのまま残りの人物の元まで歩みを進め、

反面、その進路の先にいるキドナップはもはや自力で動くこともままならず、出来ることと言えば命乞いのみであり、


「たっ、頼みますぅ、たっ、たっ、助けてくださいィ!!

これからは貴方様の手となりぃ、足となりますからぁ!!お願いしますぅーー!!」


ブロックはそんな命乞いなど聞こえないっとでも言うかのように、地面にひれ伏す男の首を切り下ろせるようにと、大剣を逆手持ちに握りかえて地面へと斜めに突き刺す。


あとはグリップに体重を掛ければギロチンのように首を切り下ろせることだろう…


「あなた…運が良いですぞ。散々人様の人生を踏み躙って来たのに、貴方はこの程度の痛みと恐怖で死ねるのですからな…」


キドナップはなにも言い返せなかった。


それはブロックによって大剣が振り下ろされたことも理由にあるかも知れないが、例えまだ首が繋がっていようとも、彼は何も言い返せなかったことだろう。


「先生。それではこの後、私はなにをすればよろしいのですかな?」


「そうですね…まず、その首には賞金がかかっています。それをギルドに差し出して賞金を受け取って下さい。


それと既にエセルが捜索隊を誘導し、娘を保護しているはずですので、捜索隊が誘拐犯達の逃走を知り、そのまま追跡を開始してしまうかもしれませんので、その首を証拠に捜索を終わらさせて下さい。」


「承りました。…それで先生はこれからどうなされるおつもりですかな?」


「僕はこれから村外れにいる売買屋の残りの手先共を始末して来ます。」


「ですが、大丈夫なのですかな?今回の一件で売買屋からの報復などもあり得そうな話ですが…?」


「大丈夫ですよ。その首をギルドに差し出しせば、売買屋の連中は賞金を受け取った人物がブロックさんだとわかり、この村への報復を避けることでしょう。

彼等とて貴方との一戦は割に合いませんからね。彼等は良くも悪くも商人ですから…」


「グワッハッハ‼︎そうゆうことでしたか!

これは一本取られましたな‼︎

先程の妙技といい、今回の立ち回りといい、本当に恐ろしいお方だ!ワッハッハ!

まったく…貴方ほどの傑物が歴史の表舞台に立てないのは悲劇でしかありませんね。」


「いえいえ、僕はどこにでもいるような、しがない男でしかありませんよ。」


「ワッハッハ!またまたご謙遜を、貴方ほどの強者はこの世界でも限られているでしょうに…


なにせ貴方様はあの先代勇者様の直系の子孫なのですから、」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る