第36話幕引き
ソシエは両手で握る剣をリスティヒの剃刀を握る右手へと狙いをつけて振り下ろす。
次の瞬間にはリスティヒの右腕から手首が斬り落とされ、彼女は耐え難い激痛と受け入れ難い現実を前に大声で悲鳴を上げる。
「ぎゃーーーッ!!手が!私の手がァー!!」
「黙りなさい!私が奇跡を与えれば貴方の片手くらいすぐにくっ付けることが出来ます。
この意味がわかりますね?」
リスティヒは斬られた傷口を左手で抑えるが彼女の血は止まることなく指の隙間から滴り落ち、床はゆっくりと確実に赤く染まっていく。
エリーはその状況から目を背けようとしたが背けなかった。
なぜなら彼女は昨日の体験から学んだから。
この世界はこういう世界だ。
平気で人は殺し合うし、残酷なコトをする。
油断してれば騙されるし、弱ければ強い者の餌食になる。
強くなければ自分はおろか大切な人達だって守れない。
いつまでも前世の価値観でいてはいけない。こういう残酷な場面にも臆してはいけない。
昨晩はたまたま自身の大切な人達が死ななかっただけで、一歩間違えていればダンは死んでいたし、エリーやソフィアは奴隷にされていたのだ。
彼女はその事実を重く受け止めていた。
リスティヒの傷口を司祭が布で縛り圧迫させると、右腕を心臓よりも高い位置に上げさせる。
リスティヒは痛みと出血の影響で意識が朦朧とする中、
ソシエに言われた言葉の意味を理解すると、
これから自身の身に待っているだろう現実に恐怖し、震え、懇願する。
なにせ、奇跡を扱える人物が近くにいると言うことは、裏を返せば死にたくてもなかなか死ねないっと言うこと…
「お願い…します。全て話しますから…これ以上、私に酷いことしないで…」
「それはこれから貴方がお会いするであろうお方に直接お願いなさい。右手の方は私が直ぐにでも繋げて差し上げます。」
その発言通りにソシエは床に落ちている右手から剃刀を奪うと、彼女に奇跡を与え手首を繋げた。
リスティヒにはこれから神の名を汚した罰と教会の信用を落とした罪、なんのいわれもない子供達の人生を台無しにした罪を償わなければいけない。
彼女は全てを諦めたかのような表現をしながら司祭やシスター達に連れられて尋問室へと送られた。
それから程なくしてメルロとソシエは彼女が繋がっていた売買屋の手先が潜んでいる場所の情報を掴む。
流石に二人だけでは危険かもしれないと、この村随一の実力者であるブロックや村に駐屯している国王軍の兵士数名の力を貨りて、売買屋の手先が住む村の外れにまで来たのだが…
リスティヒが自白したであろう場所にあった隠れ家は既に全焼した後だった。
メルロ達はキドナップ等が帰らなかった時点で残りの共犯者は危険を察知して逃げ、証拠隠滅の為に隠れ家を焼いたのかも知れないと推測した。
だが、焼けた家の中を調べてみると人間二人分の焼死体が見つかることとなり、その遺体をソシエが少しだけ調べてみたが、外部には特に剣などで斬られた形跡もなく…
そんな彼女の調査の一部始終をはた目から見ていたブロックが問う。
「では、偶然に火事が起こり、彼らは火災から逃げきれず、生きながらに焼かれたということですかな?」
「いえ…それは余りにも話が出来過ぎています。キドナップ達が討ち取られた後、残りの共謀者達が不慮の事故で亡くなるなど…
それに、彼等は焼かれる前から既に亡くなっていたようです。」
「ほう?そんなことまでわかるのですか?」
「見た限り焼け焦げているのは外見だけです。なのに口や鼻の中には煤や灰が入り込んでいません。
焼かれる前にすでに息をしていなかったのでしょう。」
「なるほど…素晴らしい洞察力ですね。」
「いえいえ、この程度のことはただの知識でしかありません。
それに私に分かるのはここまでです。
なにゆえ彼等は亡くなり、この家は燃え、それは誰かが放火したのか、はたまたただの偶然か、次への手掛かりは全て灰と化し、
もはや彼等が誰かなのかさえわかりません。
リスティヒ達に至っては既に知ること全てを白状したようなので残念ですが…
今回の一連の騒動はここが幕引きとなりそうです。
死霊術師でも居れば話は変わったのでしょうが…」
「そうですか…ですが、残念がる必要はありませんぞ!
少なくとも、この村から人攫いの連中を追い払うことが出来たのは確かですからな‼︎」
「そうですね…こんなことをしている連中が彼等だけだと願いたいです。」
売買屋への手がかりを失った今、彼女達がやらねばならないことは孤児院の子供達を守る為の里親制度の内容の見直し、
里親となる人物の身元調査の厳重化と、今まで里子に出された子供達の追跡調査。
そして、教会関係者達に他にも黒い繋がりはないかなどの内部調査と課題は山積みだった…
メルロとソシエは後日談となってしまったが、ご息女を預からせてもらっている立場でありながら、誘拐されかけるという失態を犯したことをエリーの両親に謝罪に行くと、
アヴェントとエセルは今回は無事に済んだのでそこまで気しないで欲しいとのことで、
今回の事件は親でもある自分達にも責任があると二人はメルロ達を許し、
今後は二度とこんなことにはならないようにお互い気をつけましょうとこの話を締めくくる。
そして、今後とも娘のことをよろしくお願いします。っと娘を二人に託すのだった。
メルロ達を見送りながらもアヴェントは今回の出来事にどこか寂しさを覚えていた。
昨晩、森の中で見たエリーの能力は凄まじく、改めて自身の娘が選ばれたのだと知るとそう遠くないうちに両親でもある自分達の元から巣立っていくことになるだろう。
そして、その道は酷く険しい筈だ。
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