第32話アイドルの卵vs誘拐犯一行

私は自身の上に被さるダンの体から抜け出すと、自由になった両手で口元を縛っていた布を外し、声を出せないように口の中に入れられていた詰め物を口から取り出すと、


ダンの頭を踏みつけるこの卑劣な男に大声で、


「やめなさい‼︎」


一連の経緯を見ていたエリーの発するその声にはかなりの怒りの感情が混ざっていて、

男の体は不覚にもその言葉の言う通りに反応してしまう。


「なんだぁ?娘ぇ、オイラの楽しみを邪魔するなよぉ。

まぁ…踏みつけてる足の方が痛くなってきたから、もういいかぁ。」


すると男はダンを斬りつけた剣を月の光に掲げ、


「このガキぃ、なんて硬さだよぉ。

真っ二つにする気で斬りつけたのにオイラの剣の方が刃こぼれしちまいやがったなぁ…

こりゃあ、買い替えないといけねぇなぁ。」


私の視線はダンへと向く。彼は地べたに倒れ込んだまま動く気配がない。


でも、微かに息はしているようでまだ生きている。だけど、彼の着ている道着は刻々と流れ出る血の色に染まってゆく…


このままでは遅かれ早かれ死んでしまう。だから、早く治療しないと…


肩から胴に掛けていたポーチの中に有った、母に持たせされていたポーションは気を失っていた間に奴等に奪われてしまったようだ。


治療を受けさすにも村がある方角はまだわからないし、ダンを担いでたどり着けるかもわからない。

なにより、彼の身が持たないだろう。


どうにか出来ないかと辺りを見渡した時、

ソフィの姿が目に入るとあることを思い出す。


-奇跡とは光の女神ディア様の名において、

主に回復や防御、浄化等の奇跡を与えることです。-


-魔法だけではなく、奇跡だって扱えますよ。-


回復の奇跡を使えるとは言ってはいなかったが、唯一の望みがそこにはあった。


私はその望みに全てをかけることにし、この男達を早急に倒す為、大きく息を吸い込んだ。




キドナップは自身の愛刀がもう使えなくなったことを嘆き終えると視線はエリーへと戻り部下達に命令を下す。


「おい、誰かその娘をまた拘束しろぃ。」


「了解。」


すると部下の一人が命令に従いエリーを拘束しようと彼女の元へと向かうなか、

キドナップは唯一の脅威であったジャスティスを倒し油断しきっていた。


なにせ両足を縛られ地面に横たわる、たかだが七歳児の女の子がいったいなんの脅威になると言うのか…

キドナップはそんなふうに考えていた。


そう。彼は知らなかったのだ。


リスティヒが千里眼を使用してもエリーを守る者達のせいで碌に彼女の情報を集められなかった不運。

リスティヒが不意に訪れた機会に無策で飛びつき、自身を幸運だと勘違いし浮き足立ち、

碌にエリーの情報を彼等に伝えていなかった不運。


かの英雄。エリザベス・メルロが気をかける程の才能が彼女にはあるということ知らなかった。


それがキドナップの敗因の理由であった。




「ギャアァァァーーーーーーーッッッ!!!」


不意に聞こえてきた大きな悲鳴にキドナップ達の表情は苦痛に歪む。


なにが起こったのかを考える余地も与えない程の大音量の悲鳴が脳内に何重にも響き渡り、同時に悲鳴による効果『恐怖』の感情がキドナップ達に付与される。


いくら耳を塞ごうが気休めにもならず、彼等は苦痛と恐怖で体をよじり、

頭が破裂してしまいそうだと錯覚する中、呼吸さえままならなくなる。


もう意識の終わりは近く、夜だと言うのに視界は白く霞がかりやけに眩しい。

そのまま思考は停止し、キドナップ達は口から泡を吹きながらその場に倒れ、失神した。




私は誘拐犯達が倒れたのを確認すると足を縛られたまま、すぐさまソフィの元まで行くと彼女を揺さぶり起こそうとしたが、

ソフィは気を失ったまま目を覚まさない。


私のあの悲鳴を聞いても起きる気配すら無かった。多分、強力な睡眠薬のせいだ。

どうやって起こせばよいのか…


水をかければいいのか?だけど私は水なんて持ってない。

なら、私以外の誰かが持っていないかと倒れている誘拐犯達に目を向けると持っていた。

水の入った皮袋を腰に付けている!


私を縛り直そうと近づいてきた男の近くに寝そべりながら移動するが、これでは時間がかかるので落ちていた剣を拾うと足を縛っていた縄を切り、

男に近づき皮袋を奪うと中から水の弾ける音が聞こえてきた。


すると誘拐犯達は気絶からもう覚めたのか、ゆっくりと立ち上がると私を見るなり、


「ひいぃぃーーーッッッ!!!」

「うっ…うわぁぁぁーーッ!!?」

「たっ…たしゅ…たしゅけてー!?」


などと叫びながら森の奥深くへと逃げていってしまった…が、私には好都合だった。

なにせ今は一秒でも時間がおしい。


私はソフィの顔から布と詰め物を取ると、男から奪った水を彼女の顔にかけてみたのだが…


ソフィは目を覚さない。もしかして死んでるんじゃと不安がよぎり、

彼女の口元に手を近づけてみると、しっかりと息はしているようだが、肝心の目を覚ましてくれない。


なんで?そんなに強力な睡眠薬なの?


私はすぐに目が覚めたのに…


どうやったら起きてくれるの?


「おきて…ソフィ…このままじゃ、ダンが死んじゃう…」


そう不安が全身を支配した時、今までにない程、胸の奥から熱く大量の魔力が込み上げ、大声となってソフィへと放出された。


「起きて!!ソフィア!!!」


するとソフィはゆっくりと目を開き、


「…あれ?私は…?」


「ソフィ⁉︎」


もはや打つ手がなく諦めかけていただけに、彼女が目を覚ましてくれたことへの嬉しさの余り、私は無意識に彼女へと抱きつく。

すると起き抜けに急に抱きつかれたソフィは戸惑い、


「エッ…エリー⁉︎急にそんな…こっ、困ります……私達はまだ…出会ったばかりで…お互いのことも…よく知らないですし…だから…

だからまだ……

とっ…友達のままの関係でも…いいじゃない…ですか…」


ソフィは私から顔を背け、頬を赤らめながらそう言うと、


「うん!私達はずっーと友達だよ。

ただ、今はね、ソフィが目を覚ましてくれて嬉しいの‼︎」


「はいッ??…あれ?私、手足を縛られています‼︎なんで⁉︎…ハッ‼︎」


ソフィは全てを思い出したかのか真剣な面持ちへと変わった。




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