第7話天拳無手勝流

ブロック邸を後にし、来た道とは違う道で帰路に着く。

村の中を大きく一周するように歩いていて、散歩も半ばを過ぎた辺りから、民家や田畑の姿はなくなり、替わりに風に乗ってほんのり磯の香りが漂って来た。


どうやらこの村の近くには海があるらしい。


未舗装の田舎道も、海を見下ろせる野原の道へとその姿を変えていく。

なにも知らなければ、この絶景だって楽しむことが出来ただろうに…


私の頭の中はこの得体の知れない世界のことで一杯だ。

目に見える限りは地球にしか見えないに、前世の私が住んでいた世界とは別物なんて…


魔神や勇者なんてモノに私はなんの興味も湧かない。

男の子とかなら、異世界冒険譚に胸ときめく展開なのかもしれないが、女の私は危険に身を置きたくない。


魔物を殺す。殺されるなどそんなことしたくない。


私はそうこう思考を巡らしているうちに気づいてしまった。

そうか!別に関わらなければいいのだ。

この世界がどんな世界だろうが、私が目指すモノは一つだけ、


『アイドル』


そう。異世界だろうが関係ない。

異世界に転生したからって血で血を洗う生活をする必要などないのだ。


私は物事を深刻に考え過ぎていた。


今後の方針も決まり、頭に掛かっていたモヤは晴れ、急に新たな人生が楽しみになりだした時、


私達の歩く道の向かい側から柔道着または空手着か、私にはその2つの違いがよくわからないけど、前世で見たソレにそっくりな道着を着た3名の子供達がこちらに向かって走って来た。


その子供達はすれ違いざまに、


「おはようございます。先生。」


「やぁ、おはよう。」


アヴェントが挨拶を返すと続くようにエセルが、


「皆んなおはよう。レンくん。朝早くから訓練?」


「はい。ランニングついでに村に異変はないか、魔物が侵入していないか不審者はいないか見回り中です。」


「まぁ、朝早くからご苦労様です。」


私は耳を疑った。

だって、一番大きそうな男の子でさえ、現在の私よりは年上だろうけど見た目は小学生の中学年くらいに見えるわ。


確かに見た目や受け答えはしっかりしてそうだけどこんな子供達が町のパトロールをしてるなんて…

この世界、ちょっとおかしいんじゃ…?


あっ!自警団ごっことかそんな感じかな?


ちなみにその男の子の後ろで皆んなの話を聞いている女の子が居るのだけれど、その子は小学一年生くらいかな?


見た目は可愛いわね。顔のパーツもよく揃っており、黒髪おさげが似合っている。


私がその女の子を見ていたら、彼女は私の視線に気づいたのか、


「可愛い子ですね。女の子ですか?」


「そうなのよ、ランちゃん。エリーって言うの、よろしくね。」


「はい。奥さんに似て可愛いですね。」


「まぁ、ランちゃんったら、ウフフ、ありがとう。」


「はっはは、やだなぁ。ランちゃん。エリーは僕にだって似てるんだよ?」


「あっ…はい。…そうですね。」


このアヴェントのくだりはなんなのだろうと思いながらも、ランと呼ばれる女の子の背中に隠れるようにしながら、コチラを覗き込むように顔を出している、更に小さな男の子がいた。


その子はまるで幼稚園児のようでまだ三、四歳位ではないだろうか?

ランに手を引かれ促されるように正面に立たされると、


「ほら、ダン。ご挨拶は?」


「…こんにちは。」


「朝なんだからおはようございますでしょ?」


「…おはよう…ざいます。」


ダンは気恥ずかしいそうにランの腕にしがみつけながら挨拶をした。

その姿はまだ小さかった頃のカズマを思い出させ、可愛いく思えた。


並んだランとダンはどことなく顔が似ている気がする。そう思うとレンもだ。

この三人は兄弟なのだろうか?


「おはようダンくん。さぁ、エリー、」


エセルは私を抱きかかえるのをやめ、地面へと降ろし、私に向かってかがみ込むと目線の高さを合わせ、


「ダンくんにご挨拶は?」


「おはようダン。私はエリー。よろしくね。」


そう言ってダンに向かって手を差し伸べると、ダンは一瞬戸惑ったかのようにランの顔を見る。


「ダン。こうゆう時は握手するのよ。」


ダンはランに言われた通り、「よろしく、エリー。」っと私の手を握ると、前世でも練習して来た甲斐も有り、反射的にダンの手を両手で包み微笑んだ。


握手はアイドルの基本。


その時、前世では感じたことのない温かいナニかがまた胸の奥から湧き出ると、すぐさま両手へ流れ、手のひらからダンの中に流れ込んでゆく感覚を感じた。


それだけではない。


握手と同様、微笑んだ時に、


ソレの体内での流れが腕だけではなく首筋から顔へと流れ込むような感覚を感じ、微笑むと同時に空中へと散乱したかのような錯覚を覚え、


それが最近、歌を歌っていた時に感じるソレと同様のモノだと直感した。


一体この感覚はなんなのだろうか?


んっ?どこからともなく嬉しい感情が伝わってくる?っと一瞬困惑したが、その戸惑いも束の間、掴んでいたダンの手が私の両手からすり抜けると、

彼は痺れたかのように体を震わすと直後硬直し、背中から地面へと倒れ込み、勢いよく後頭部を打つ。

この場にいる皆んながそれを目撃して驚き戸惑う中、特にレンとランは、


「ダン‼︎どうした⁉︎」


「ダン、大丈夫⁉︎」


二人は大声を上げ、


続くようにアヴェントとエセル、ソレに私だって心配した。


「ダン君‼︎どうしたんだい!大丈夫かい!」


すると、ダンは何事もなかったことのように上半身を起き上がらせ地面に手を着き立ち上がると、

私の顔を見るなり顔を赤面させ驚いたかの様な表情をしたのち、この場から逃げ去るように来た道を走り出した。


「あっ、ダン‼︎どこ行くんだよ⁉︎そっちは来た道だぞ!」


「待ってダン‼︎どうしたの⁉︎」


「あっ!すみません。僕達、ダンを追いかけなきゃ行けないので、それでは失礼します。」


二人はダンを追いかけるようにこの場から走り去っていった。


私はこの一連の出来事により、呆気に取られていた。

幼児が後頭部から地面に倒れ込んだのに泣きもしなければ痛がる素振りもない。


それにあの三人、子供とは思えないほど足が速い…いくら武術を学んでいるからといっても普通じゃない気がする。

なんなら大人の足の速さにだって引けをとらないようにも見える。


…よくよく思い返せば先程の大剣だって人が振り回せるような代物じゃない気がするし、ましてや子供からしてコレだ…


やはり、この世界はなにかがおかしい。


そして、そんな私の心配をよそにアヴェントは走り去るダンを見ながら目を細めて言った。


「ダン君。キミにエリーはまだ早いよ…」


この人は頭がおかしいのかもしれない…











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る