第3話今までの世界にさよなら。


-ジリリリリリ-


急に鳴り響いた目覚まし時計の音に驚き、脳が考えるよりも早く体が勝手に反応すると掛け布団と共に上半身が飛び起きた。


本来なら寝起きで朦朧とする頭だが、今日に限ってはそんなこともなく、私が目を覚まして最初にした行動は現状を確認するかのようにベッドの上から周囲を見渡すことだった。


目に映るのはいつもの見慣れた私の部屋そのもので、締め切られたカーテンの隙間から日差しが漏れ、部屋の中は薄らと明るくなっていた。


「なんだ…夢だったんだ。」


安堵すると同時に先程の恐怖が蘇り、私はあることを確認するかのように布団の中を覗き込む。


当然ながらあの人物はしがみ付いてなどいない。


私はベッドから降り、立ち上がると轢かれた傷などはないかと体中を隈なく見渡した。


当然ながらどちらにも当てはまることなく、いつもの正常な体だとわかると気持ちは落ち着き、心に余裕ができたのか、着ているパジャマが冷や汗で湿っていることに気がついた。


「あっ…はっは。夢だったんだ。

自殺に巻き込まれたのも、轢かれたのも全部夢だったんだ‼︎あはは!嬉しい〜‼︎」


私は部屋中に鳴り響く目覚まし時計の音を無視して、部屋から飛び出すと階段を駆け降り、向かう先は一つ。


リビングの扉を開けて一番最初に目に映ったのはキッチンで朝食の支度をしているお母さんの後ろ姿で、今さっきまで見ていた悪夢の怖さからか、私は気づいた時にはお母さんに抱きつき、その背中に顔を埋めていた。


そしたら無償に嬉しくなって急に涙が出てくると、それを見たお母さんは、


-あらあら、なぎさったら急にどうしたの?-


っと困惑していた。


そんな私の姿を見て、テーブルの椅子に座るお父さんも抱きついてもらいたかったのか、無言で両手を大きく広げてこちらを向いていたが、私はお父さんには飛びつかなかった。





すると、いつの間にか場面が変わっていて、弟と妹も加わり、いつの間にか家族団らんで食卓を囲んでいた。


-おい、姉ちゃん!俺のおかず食うなよ‼︎-


「へへぇーん!カズマがよそ見してるのがいけないんだよ〜!」


-なんだと!この騒音音痴女‼︎-


「ちょっとカズマ‼︎今なんて言った⁉︎」


そんな二人のやり取りを見ていた妹のカエデが口元を両手で押さえ、クスクスッと笑い始め、


私はそんなカエデの笑顔を、カズマの悔しがる顔を、お父さんとお母さんの呆れた表情を見れて本当に帰ってこれて良かったと実感していた。


すると、そんな私の考えていることを読みとったかのようにカエデの表情が急に寂しそうな表情へと一変するとあること言う。


-お姉ちゃん…私、寂しいよ-


「えっ…?」


そんな言葉を聞くや否や空っぽの体の中に何か大きな衝撃が響き渡ると次の瞬間にはまたしても場面が変化し、私はいつの間にか自宅内の玄関に立っていた。


先程まではパジャマ姿だったのに気がついたら学校の制服に着替えていて、まるで私の登校を見送るかのように家族の皆んなが玄関先に立っている。


なのに、不思議なコトに誰の表情も読みとれない。

まるで皆んなの顔にモヤでもかかっているかのように…


「みんな…」


そして、私は今更になって全てを理解した。


そうか…やっぱり、私は死んだんだ…


自身の死を受け入れると玄関のドアがゆっくりと開く。

その先はいつもの見慣れた近所の景色などではなく、真っ白でいて中心から光が輝いている空間であり、私はその光の先から誰かに呼ばれている気がする。


そんな予感がもうこの場に留まっていてはいけないんだと教えてくれるから、私は振り返り最後に両親を見つめると、


「お父さん。お母さん。」


私の泣きそうになる表情を見て、お父さんは私の元まで近寄るとそのまま抱きしめてくれた。


-なぎさ-


それに連なるようにしてお母さんが、妹が、弟が、私は皆んなに抱きしめられ想いを返すように皆んなを抱きしめる。


もうこれが最後なんだと覚悟を決めて別れの言葉を言った。


「みんなごめんね。悲しませて…

お父さん。お母さん。親不幸者の娘でごめんなさい。私…もう行かなきゃ、」


まだ死にたくなんてなかった。私の人生はこれからだったのに…

でも殺されてしまったから、もうどうしようもない。怒りが無いかと言ったら嘘になる。


でも、犯人を恨んでも生き返れないし、あの女性もあの状況で生き伸びているとは思えない。


悔しくて辛いけど…寂しくとも私は前に進まなきゃ行けない。


私は皆んなから身を離し、今にも泣き出しそうで俯いてしまう顔を、


「今まで愛してくれてありがとう。」


精一杯の強がりで笑顔にかえて、今なら見える皆んなの顔を一瞥し、手を振り、


「みんな、さよなら。私の分まで幸せになってね。」


私は玄関のドアの先に見える光り輝く空間の中へと向かって歩いて行った。


そう。この光の先には私の新たな人生が待っている。


これは、私、扶翼渚(ふよくなぎさ)享年13歳がエリー・ガーランドとして異世界に転生し、アイドルとして生きて戦う物語。



【アイドルの卵、異世界に転生する。】




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