第6話 貴族の義務

「まぁ、この辺りでいいかしら。あんたは座りなさい」

丘から少しそれたところに移動して男を座らせた。

私は男の前に立ち、怪我をしている右腕の近くに敢えてナイフを置いた。

そして剣に着いた血を服で拭いで私の左側の地面に置く。

「腕を出しなさい」

そう言うと男は右腕を出す。

「クラーツィ グラーツォ」

かざした手が淡い紫の光を纏いその光を傷口に当てる。

直ぐに流血が緩やかになる。

そして次第に血が止まった。

「こんなところかしらね。クルトもやってみて?クラーツィという言葉とグラーツォっていう言葉をつなげて言うの」

「うん、やってみる」

クルトは剣を置き、私は置いていたナイフと剣を手に取る

「クラーツィ グラーツォ」

クルトの手に淡い紫色の光を纏うが光の強弱が激しく安定していないようだ。

「これは戻ってからの方が良いわね」

「この人大丈夫?」

「戦意は無さそうだからこのまま連れて帰りましょう。聞きたい情報もあるし」


「という訳なのよ」

私は村人達に仔細を話しながら男からナイフの鞘を奪い取り自分の腰に付けてナイフを収めた。

「クルト、治療魔法の練習していいわよ」

そういうとクルトが男の手を治療しだした。

「じゃあそろそろ尋問といきましょう。敵の数は残り21人でいいのね?」

「ああ間違いない」

「目的は?」

村長の息子が賊に問いかける。

「食料だ。俺達は炭鉱で強制労働させられて配給が少なすぎて困っていた」

「罪人って訳ね」

と私が確認をする。

「ああ、どういう訳か警備の人数が減っていたので、武闘派の連中達が警備兵に強襲を仕掛け大勢で炭鉱を抜け出した」

「これも領主様が行っている道路の補修とやらだろう」

村長の息子がそう断言する。

「この後はどうするの?まさか敵がいるのを分かって積み荷を運ぶなんてことはしないわよね?」

「ああ、しかしこのまま足止めを食らっていてはいつまで経っても街へはたどり着けない」

「賊の装備はどうなっているのかしら?」

「俺と同じさ、一部の武闘派は兵士の装備を付けてはいるが、正規兵より強いやつはいない」

「夜に突破するのはどうだろう?」

私がどうやって切り抜けようか思案していると村人の一人がそう言った。

「私としてはあなた達を戦闘に巻き込む可能性がある以上お勧めできないわ」

「確かに…俺達は夜に行動したことが無い」

私が否定したが、賊がそう言った。

「俺が先導する。その代わり見逃しては貰えないだろうか?」

「何をどう見逃すの?」

「脱走した事をだ、無事街に着いたら俺は炭鉱に戻る」

そういうと村人達が騒然としだした。

「お前を逃がしたらお前がまた人を襲うかもしれない。それは出来ない」

村長の息子はそう言った。

「だが炭鉱の現状を領主様ではなく司祭様に知らせるのであれば、後は寺院が収めてくださるだろう」

「確かに、この領地での重税や兵士動員、罪人の脱走。これら全て領主が原因だから寺院側が止める必要があるわね」

と私も同意する。

「それで構わない」

賊も腹をくくったようだ。

「では決まりだな。各自、夜に出発するから準備と休憩を」

村長の息子が指示を出すと村人は松明を作って夜に備えだした。


「クラーツィとは傷を治療するとかそういう意味で、グラーツォというのは神の恩寵。つまり神様の恵みとかそういう意味の言葉よ」

「つまり神様にお願いして傷を治してくださいってお願いする言葉って事?」

「そうそう、そういう事になるわね」

クルトに賊の治療をして貰ってついでに回復魔法の上達が出来れば言う事は無い。

「でもこの人にそういうの聞かせていいの?」

「うーん。良くは無いんだけど、クルトに怪我人を任すことが出来ればこの先も色々選択肢が増えるからね」

「それなら良いんだけど…」

「こいつも言葉の意味を知って神様が傷をいやしてくれていると思えば少しは信仰心も沸くでしょ」

私は賊の方を見てそういう。

「その…色々助かった」

賊は私達に向かって礼を言った。

「傷の治療もだが、今後俺はどうなるのかと思っていたが、寺院への事もあんたが道をを示してくれた」

「あんたは何をやって強制労働の罰になったの?」

クルトに治療を任せつつ賊に質問をしてみた。

「盗みだ。食うに困って食べ物を盗んだところを捕らえられて強制労働の罰を受けた」

「それくらいなら、精々1年やそこらで出てこられるでしょう?なんで賊にまで落ちぶれたのよ」

「確かに、順調なら麦の種を蒔く時期に出られるだろう。しかし炭鉱の強制労働も十分な食事が無くてな」

それについては思うところもある。

私の領地でも食べるに困って盗みをする輩が後を絶たない。

農地の開墾をしようが水資源が無いので限界がある。

そして水質の汚染がひどいという事だ。

「それについては私も問題だとは思っているわ。でも、今夜生き残らないと明日寺院にも駆け込めないわね」

そう言って食事の支度をする。

「そろそろクルトは食事を取って寝なさい。夜動くのは初めてでしょう?」

「うん、分かった」


「小麦を収穫したら、売ったりするじゃない?」

「今僕たちも売りに行こうとしているわけだしね」

何故農業が盛んな国で食べるものに困るのかを説明している。

「沢山の村がお金を領主に税を納める。そしてそのお金で小麦や他の食べ物を買ったり、兵士に給料を払ったり装備を揃えたりする訳なの」

「お金を集めて必要なものを買うってことだよね?沢山の食べ物がどうしてなくなるの?」

「そうそう、そこで問題なんだけど遠征軍なのよ」

「どうして遠征軍が出てくるの?」

「要はみんなで悪魔の領地を切り取りに行こうという事なんだけど、沢山の人が遠くまで移動するのね。その時に食糧が欠かせないわけよ」

賊の男を先頭に暗闇の中を松明の光だけで丘陵地帯を抜ける。

「そこで使う食料ってその年に作られた食べ物だけじゃ足りないのよ」

「だからそれを保存しているって事?」

「そうね、小麦とかライ麦、大麦なんかは脱穀しなければ何年も保存できるわ」

「そんなに!?」

「そう、だから今送っているのは小麦粉だけどこれは市民が食べるためのものね」

「そういえば寺院への税は小麦だったりするよね」

「そうそう。寺院は保存用の小麦を農民から貰ってそれを売って活動しているわ」

「じゃあ小麦を収穫できる量を増やせばいいんだよね?」

「そうね、そうなんだけど…」

説明していると突如正面から光が見えてきた。

「話はまあ後で、クルトは怪我人が出たら治療してあげて。決して前に出るんじゃないわよ」

「待ってシャルロッテ!」

そういうと私は松明を捨てて光の方へ駆け寄っていった。


近寄ると、武装した賊が20人ほど村人たちの方へ向かっていた。

矢の数が乏しい弓兵。

剣や短剣を持っている賊や、つるはしを持った賊までいる。

軽装ながら正規兵が装備しているような胸当てやグリーブを付けている剣を持った男が頭目のようだ。

「野郎ども、そろそろ行くぞきあ…」

私は賊の背後に位置取り頭目に向かって走っていき、頚椎を叩き切る。

続け様に対処をしたことが無いつるはしを持った男の脇腹に剣を突き刺す。

とっさに反応した弓兵が松明を捨て、こちらに向かって矢を射ってくるが矢の先をしっかり見極めてタージェで防ぐ。

そして私は暗闇の中に消えていく。

「寺院に掛け合って、あなた達の助命を乞う。戦意のないものは武器を捨てて松明を掲げよ」

私は賊に降伏を呼びかける。

「ふざけんじゃねえ、あんな生活もうごめんだ」

「たかが一人で何ができるってんだ」

「ぶっ殺しちまえ」

降伏には応じず賊は"そのまま"でこちらの方へとやってくる。

思った通りこの賊は戦い慣れていない。

私は剣を服で拭いもう一度、今度は正面から攻撃をかける。

賊の右腕の脇に向かって剣を切り上げて、そのままその左側のつるはしを持った男の脇腹を切る。

その後また暗闇の中に戻ると息を整える。

賊から悲鳴が聞こえるが戦意は無くなっていない様子。

私は位置取りを変え再び切り込む。

こちらに気付いた賊の首に剣を突き刺し、その賊の持っていた剣を奪う。

そして弓を持った三人の賊を切り倒す。

残りは剣と短剣を持った賊だけ、面倒な装備をしているものはいなくなった。

「シャルロッテ!」

声の方を向くと村人達が援護に来てくれていた。

数名の村人達がフォークを構えて後ろから猟師が弓で賊を射抜くと大勢は決した。

「奴らを逃がすな」

村人達の方から声が聞こえた。

村人達が一斉に襲い掛かると、抵抗する者もいれば脱兎の如く逃げだす者もいた。

私は村人達の加勢に入る。


「何人か逃げられてしまったようね。助かったわ」

村人達を指揮していたのは村長の息子だった。

「まさか一人で敵を壊滅させてしまっていたとは思わなかった。あの子に聞いた時は正気かと驚いたものだが…」

「指揮の取れていない素人集団に負ける道理はないわよ」

「さて、この後どうすればいいだろうか」

「流石に戻ってこないと思うけど、賊共の武具だけ押収して突っ切ってしまった方が安全ね」

「全員で落ちている武器を拾い集めてくれ」

村人達に村長の息子は指示を出した。

クルトが居ないので探してみると賊を治療していた。

「私も手伝うわ」

生きているものはほんの数名。

重傷者から手当てをするが、何名助かるやら…。

「この後はどうすればいい?」

暫くすると村長の息子が声をかけてきた。

どうやら武器を集めていたようだ。

「そうね、クルトも一度こっちに来て話を聞いてちょうだい?」

クルトに声をかけるとクルトもやってきた。

「クルトはこの後どうしたい?」

「今僕にできることをしたい」

「このままここに留まって治療をしたいという事ね?」

「うん、シャルロッテが許してくれるなら僕はここにいたい」

クルトの意思は固いようだ。

「じゃあ私達はこの場に残るわ。街まで護衛することが出来なくて申し訳ないけれど」

「治療をするのは構わないが、治療が済んだものの身柄はこちらが抑えたい」

「そうね、こちらとしてもあなた達に寺院に連れて行って貰いたいわね」

「では一度街に着いたら牛車か何かでこちらから迎えに行く。ここからだと恐らく夕暮れまでには戻ってこれるだろう」

「じゃあここで待機しているわ、他の村の人達が通ったら事情を説明する必要もあるだろうし」

「分かった。また明日」


村人達は街の方へ移動して、私とクルトの二人だけになった。

「クルトももう夜も遅いから眠いでしょう?後は私に任せて休んで良いわよ」

「まだもう少し、大丈夫。でもこれでいいのかな…シャルロッテが切った相手を治療するのって」

「そうね、確かに自分でも自分で切りつけた相手を治療するのは変な気分」

「シャルロッテが居なければ僕達がやられていたわけだし」

クルトは葛藤しているようだが無理もない。

そもそもこういった荒事には初めて遭遇する訳だし、罪人を治療することについても思うところがあるのだろう。

「クルトのその慈悲深さはとても素敵な事だと思うわ。私と意見が違ったとしてもあなたはあなたの思う正しい事をしていいのよ」

「こういう事今まで考えたことなかったから…難しいね」

「私は放っておくつもりだったのよ。でもクルトが私を変えてくれた。ありがとね」

そう言って頭を撫でた。

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