第5話 護衛

「じゃあ、剣の構え方から教えるわね。片手で剣を持ってみて?」

そういうとクルトは剣を取り出し棒立ちになる。

「左脚をこう前に、左肩も、重心は右後ろに、右脚はこっち」

とクルトの構えを適切に変えていく。

「で、斬りだす時にこうやって右脚と同時に剣を振り下ろすの」

私も手本を見せるために剣を抜き構え、切りつける。

「これで出来てる?」

クルトも私を見ながら振り下ろすがかなりぎこちない。

「最初はそんなものね、振り下ろすのに疲れたら手首を使って剣を動かしてみて」

そういうと私はクルクルと剣を回して見せた。

しかしクルトは手首を返してはいるが鍔が手首に当たっている。

「明日からまた移動だから疲れは余り残さない様に疲れたら休憩してね」

「ちょっとやってみる」

クルトは特に手首を回して剣を動かすのに夢中のようだ。

季節は変わって小麦の刈入れがほぼ終わっている村で滞在中で三日後、牛車に小麦粉を乗せて街の方へ売りに行くというので、街までの食料を提供してくれるとの条件で護衛を引き受けた。

辺りを見渡すと村人総出で必死で残りの刈入れをしたり、臼で挽いている。

「足腰はだいぶ鍛えられたけど、腕の方はまだまだね」

クルトの方を見ると既に剣を振り回せるほどの元気がなくなっていた。

「やっぱりすぐに上手にはならないね」

そう言いながらクルトは乾いた笑いを上げている。

「今は大丈夫、ゆっくりでいいから少しずつ上手になっていきましょう」

まだクルトは私のお腹くらいの身長しかない。

そんな体格で剣を振り回せるほうが無理というものだ。


「シャルロッテって何歳くらいから武芸を練習し始めたの?」

腕がまともに上がらなく、夕食を取るのに苦労をしているクルトが聞いてきた。

「そうねぇ、私の父と兄が遠征軍から戻ってきてからだから、12歳くらいかしら」

「その時もシャルロッテは今みたいに背が高かったの?」

「うーん、どうだろう。兄が二つ上なんだけど、既に私の方が背が高かったわね」

「僕もシャルロッテみたいに背が高くなれるかな?」

「分からないけれど、男の子はこれから高くなるから大丈夫よ」

「剣をもう少し使えるようになりたいなぁ」

そう言って剣を見つめるクルト。

「大丈夫、私が強くしてあげる。あなたが私と同じ18歳になった時には今の私より強くなっている」

「ほんとかなぁ?」

「今日始めたばかりじゃない。来年の今頃にはそれなりに強くなってるわよ」


そして出発の日、7台の牛車に小麦粉の入った樽を満載し街へと移動した。

「体は大丈夫?」

昨日はかなり疲労が溜まっていたので一日しっかりと休ませた。

「うん大丈夫、今日はしっかりと歩けるし剣も振るえるよ」

「分かったけど、万が一戦闘になったら私が片付けるからクルトは村の人を守ってあげてね」

「うん、分かった」

ここで後ろの方にいてと言おうものなら、向きになって前に出て行こうとするかもしれない。

猟師が2人護衛についてくれているので二桁の人数で襲われなければまあ大丈夫だろう。

「この辺りは少し起伏があるけど、平原が広がっている。私達はこの人たちを守らなければならない。この場合どうすればいいと思う?」

「どういう事?」

いまいち伝わっていないようだ。

「うーん、私達はこの積み荷を奪おうとする人を止める必要があるの。どうすれば早く奪おうとする人を見つけられると思う?」

私はどうすればクルト自身が自分で考えて答えにたどり着けるかを考えながら問いかけた。

「周りをよく見ていれば…だれか近づいてきたら分かるよね?」

70点といったところだろうか。

今の時点では十分な回答だ。

「そういう事よ。クルトは前方のを見てて、私が後方を見るわ。何か近づいてきたら教えてね」

周囲を警戒するという事を教えつつ、私は後方の方でクルトが危ないことをしないか見守ることにした。

「なあ、あんた西から来たって言ってたよな?」

この小麦輸送の全責任を担っている村長の息子だ。

「ええ、そうだけど?」

「この辺りの集落は林檎が盛んで丁度良く収穫時期と重なっていたから徴税には何とか対応できたが、西の方ではどうだった?」

私はクルトの方を見るが、こちらの会話には気が付いていないようだ。

「その話なら後で、あの子が色々あってね」

「なるほど…どうして小さい子と一緒に旅をしているのかある程度予想できた。それだけ聞ければ十分だ」

「なんか大規模に兵隊が動員されているんだって?」

「ああ、軍隊が使う主要な道路の補修が難航しているらしい」

「他の村々も言っているでしょうけど、ちゃんと寺院を通して抗議しないとダメよ」

「寺院側の抗議が功を奏して、今年の税金は少なくて済むようになった。誤差の範疇だが」

「それなら良かったわ」


「アクヴィ」

魔法を唱えるとボウルにあふれる程の水が出てきた。

「クルト、凄いじゃない」

魔法の行使に成功したのだ。

「やっとできたよ!」

「今の感覚を忘れない様に、もう一度唱えても魔法を長時間発動するようにしてみて?」

「アクヴィ」

ボウルに…というより地面に水が注がれる。

「そのまま魔力を流し込んで水を流し続けてみて」

出力はかなり不安定だが、指先から水が流れている。

暫くすると指先からの流れが止まった。

「凄い、ちゃんとできたじゃない」

「出来たよ!やっと、僕魔法が使えたよ」

「クルトはすごいねえ、こんなにすぐに出来るとは思わなかったわ」

そう言ってクルトを抱きしめる。

「えへへ、これでシャルロッテに少し近づけたかな?」

私は肩を掴んだまま引き離した。

「近づけたっていうか、追い抜いちゃったかもね」

「ど、どういうこと?」

「多少魔法の威力を調整することは出来ても基本は最大出力で出るものなのね。そして私は水を出す魔法でボウルに水を満たす。でもクルトはボウルから水をあふれさせた」

クルトはどうやら戸惑っているようだ。

「でも、シャルロッテはいつも出力を抑えているんだよね?」

「ちゃんと最大出力よ。クルトは魔法の才能があるのかもね」

「そ、そんなことないでしょ?」

「それはそのうち自覚できるようになるから、次は色々言葉を覚えていかないとね」

まだまだ自分の立ち位置が分かっていないようだけど、魔法が使えたという喜びだけは伝わってくる。

「次はどんな言葉を教えてくれるの?」

「そうね、治療する魔法とかかしら。でも今は怪我人はいないし、旅の間の水はクルトが出してあげてね」


「何かあったの?」

移動しながら村人達の人たちが何人か集まって相談しているようなので聞きに来た。

「すれ違う村人達が居ない」

そう、村長の息子が答えた。

「時期的にはみんな街に向かうんじゃないの?」

「それはそうなんだが、もう二日もすれば街に着く。帰りの村人達とすれ違ってもおかしくない」

「この辺りに丘陵になっているところはあるかしら?」

「もうすぐ丘陵地帯に入るが、それがどうかしたか?」

「この道をまっすぐ進めばいいのよね?私達の荷物を置いていくから見張りがてら休憩してて」

そう言ってクルトのところに行く。

「どうかしたの?」

正直クルトに戦闘経験を積ませるにはまだまだ早い。

さりとて、村人達に置いていき戦闘になった場合もっと怖い。

「ちょっと偵察に行くわよ」

「分かった。何かあったの?」

「後で説明するわ。鞄と…タージェはまだ使ったことないから置いておきなさい」

少し早めの休息の準備をしている村人達と別れ先行して丘陵地帯を目指す。


丘陵地帯に入るが思ったより起伏が激しい。

起伏の激しい丘陵を縫って道が続いている。

「クルト、私に何かあったらすぐに村人達に報告しに戻って」

「どういうこと?」

「この起伏、結構遠くまで見渡せるわよね?」

「うーん、そうだね」

「分かりやすく言うね、この場所は賊が襲うには格好の場所なの」

「さっき言ってた、すれ違う村人達が居ないってのが賊に襲われたって事?」

「可能性の話ね。そして賊に遭遇したら、クルトは…邪魔ね」

「そう…」

かなりがっかりしているように見えた。

「だから賊に遭遇したら、すぐに村人達のところまで戻って」

「うん、分かった」

以外な事にクルトはすぐ納得してくれた。

道を進んでいくと辺りに見張りによさそうな丘を見つけた。

「ちょっとそこの丘の方へいってみましょ」

少し丘から遠いところから草をかき分けて歩いていく。

「クルト、分かる?ここ」

「うん、車輪の跡があるね」

暫く進むと獣道に行きついたと思ったのだが明らかに人が通った後がある。

「誰かに遭遇したらすぐに剣を捨てて逃げて、村人達のところに戻って報告して」

「まかせて、方角も分かるし獣道戻っていけば戻れるよ」

丘に近づくと、焚火の跡や、寝床した形跡を二つ見つけた。

「ここで待ってて、私が叫んだら村人達のところに戻って知らせてあげて」

「シャルロッテは?」

「私が数人の賊に負けるわけないでしょ。任せなさい」

そう言いながらクルトを抱きしめて単身丘の頂上へと向かう。

少なくともこちらから見られる頂上には賊らしきものはいない。

もっとも稜線の向こう側に配置している可能性の方が高いので油断はできない。

「クルトごめん、丘の近くに来てくれない?」

私は一度丘を降りてクルトに助けを求めた。

「分かった」

クルトと共に丘に戻る。

「後方の警戒をお願いできる?」

「警戒?」

私の後方を見張れる場所探しながらクルトに理由を伝える。

「そう、後ろから誰か来たら叫んで教えて欲しいの」

「そんなことでいいなら分かったよ」

「勿論叫んだ後は一目散に逃げてね」

「任せてよ!」

丁度良い場所を発見したのでそこに潜んでもらう。

「じゃあ行ってくるわ」

「気を付けてね」

後ろ手に手を上げて丘の方へと向かう。


「今日は誰も来ねーな」

「流石に派手にやりすぎたかもしれねーな」

稜線の向こう側で話し合いが聞こえる。

「知らぬ存ぜぬを決め込んで、食糧持って帰るか?」

「樽一つ二つでどれだけ凌げるんだよ」

「だからって、このまま賊になっちまったらどうせ殺されるだけだぜ」

どうやら士気は低い、何か訳があるようだが…

「もう何人も殺っちまった、今更引き返せねえよ」

「だから今戻るんだよ。知らぬ存ぜぬ、俺達は外に出るのは怖かったのでやめましたってな」

一線は超えてしまっているようだ。

見えるのは二人、私は剣を抜き近くの敵の首を後ろから切りつけ、そのまま蹴って丘の下へと転がした。

「なっ」

こちらに気付いて腰のナイフを抜こうとした男の腕を切りつけて押し倒し、首に剣を向けた。

剣を首から離さずに盾を置き、男のベルトからナイフを取り左手で持つ

そして、悲鳴を上げている男に質問をする。

「他に仲間は?」

男は喚きながら首を横に振る。

「妙な動きをすると殺すわよ」

そう言って剣を収めてナイフを右手に持ち替えて盾を持つ。

「あんたらの人数は?」

「24人だ」

男は痛がりながら、そういう。

「ここの見張りの交代はいつ?」

「そろそろだ」

「死にたくなかったら私の指示する方向に歩きなさい。拒否したら、分かるわよね?」

来た道を戻りクルトと合流する。

「大丈夫だった?」

「こいつを連れて帰るわ」

「皆のところに?」

「こういう時は無駄な情報は言わないものよ。この場合、皆のところにっていうのが駄目ね」

そうクルトを窘める。

「クルトは私の後ろに、こいつを一番先頭にして戻るわよ」

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