第3話 休息
「やっと着いたね」
「クルト、あなたがいたからこんなに早く着くことが出来たわ」
日が暮れる前に少し小さな、しかし商人と思しき人や小規模の隊商が出入りしている街に着いた。
両替商に行き、銀貨一枚を銅貨90枚に交換する。
「銀貨一枚って銅貨が90枚にもなるんだね」
クルトが聞いてきた。
「今のは両替をしたから銀貨一枚が銅貨90枚になったけれど、本当は銀貨一枚と銅貨100枚が同じ金額よ」
「どういう事?」
「両替をするのを商売にしている人がいるの、そういう人に両替して貰わないとお店では使えないのよ。だから銀貨を銅貨に変えたり、逆に銅貨を銀貨に変えてその時にちょっと多めに貰ったりして商売しているの」
そう言ってクルトに銅貨90枚の袋を持たせてあげた。
「これは重いね」
クルトの体重を考えると銅貨の袋だけでもかなりの重さだ。
「これだけで4.5キロするの。こんなに重いものを旅に持っていけないでしょう?だからこういう時に両替が必要なのよ」
「なるほどね」
「じゃあ、兎に角美味しいものでも食べに行きましょ」
精神的に辛い時には美味しいものを食べるに限る。
「これで何か美味しいもの…食事と甘いものを二人分作ってくれるかしら?」
私は手近な食道に入って、店主に八枚の銅貨を渡した。
「良いオレンジが入ってる。まだ窯に火を入れる時間じゃないんで、少し待っててくれないか」
了解して、私達が席に座ると塩抜きしたザワークラウトとビールを二人分出してくれた。
「さてと、今後の事について少し話しましょうか」
「今後の事?」
私達はビールを飲みつつ相談することにした。
「これからどうするかって事ね。クルトは誰か頼れる人、例えば親戚とかいるかしら?」
「分からないや」
クルトが俯いてしまった。
必要な事とは言え、あまりこういう話題を振りたくは無いのだけど…。
「ごめんなさい、食事が美味しくなくなる話をしちゃったわね」
「うん、大丈夫」
クルトはあんな事があったのに、あまり辛い顔を出さない様にしているようだ。
「じゃあ東の国に行きたいと思うのだけど、それでいいかしら?」
「うん、シャルロッテに任せるよ」
「路銀…お金の事なんだけど、足りないのよね」
「どれくらい足りないの?」
クルトがザワークラウトを食べながら聞いてきた。
「たくさんあればあるだけいいわ。長い旅になるでしょうから」
「どのくらいかかるの?」
「そうね、冬は大きな街で過ごすとして来年の今頃くらいに付けると良いなくらいね」
「冬以外は毎日歩いて…そんなに遠いの!?」
クルトはびっくりしているようだ。
「歩くともっとかかるから、何とかして馬車に乗らないとダメね」
「馬車に乗るのにお金がいるの?」
「そうなのよ、だから隊商の護衛なんて言う仕事があれば嬉しいわね」
「たいしょうのごえい?」
「沢山荷物を運ぶのに馬車を使うでしょう?その馬車の荷物を守る仕事よ」
「なるほど、その馬車に乗れば早く移動できるって事だね」
「うーんちょっと違うなぁ。馬車には荷物が沢山載っているから人の乗る場所が無いのよ」
「じゃあ馬車の横を歩くって事?」
「そういう事ね」
「それなら想像できるよ。村から牛車を使って小麦を持って行っていたりしたから」
「そうそう。それでお金を貰えれば移動もできていい感じじゃない?」
クルトも納得が出来たようだ。
「とりあえずもうすぐこのお店に人が集まってくるから、その中で隊商護衛の仕事がないか聞いてみるわ。何か質問ある?」
「ねえ、隊商を守るって僕戦えないよ?」
「安心して、戦い方も教えてあげるから大丈夫よ。明日武器を買いに行きましょう?」
「分かった。あと僕魔法を…」
と話していたところに数名の客が入ってきた。
風貌を見ると、商人にそれを護衛する傭兵といったところだ。
「ちょっと待ってて」
クルトにそう告げて立ち上がると私は商人らしき男のテーブルにかけた。
「何の用だ」
商人らしき男はこちらに気付くと声をかけるがザワークラウトをつまみながらビールを飲んでいる。
「あんた隊商率いている人?護衛の仕事は無いかしら?」
「残念ながら、こいつらで足りている」
ダメもとで声をかけてみたがやっぱり駄目だった。
店主を呼びこの商人に蜂蜜酒を御馳走した。
「他に隊商の護衛を募集している人を知ってたりしないかしら?」
「どうだろうな、この小さな街で契約が切れるとは考えにくいな」
商人は私の方を見てそういった。
「確かにそうね、この辺りだとどの街で大規模な取引がされるのかしら?」
「ここから西に6日くらい歩けばレパス王国のクエーロという街があるが、あそこなら染料の大規模な取引がされているな」
「残念、私達クエーロから来たのよ」
「そうか、東ならヴィスヘルムスだな。距離はかなりあるが…」
「そう、参考になったわ。ありがとう」
「急ぎなら他のやつにもダメもとで聞いてみるがいい」
席を立つと別の客が入ってきているのに気づく。
店主に蜂蜜酒を注文し、コップを持って別の商人のところに行ってみる。
「護衛の仕事を探しているの、腕利きの傭兵はいらないかしら?」
そう言いながら蜂蜜酒をテーブルに置く。
「ダメだったの?」
「こればかりは仕方ないわね」
その後4人の商人に交渉してみたがどれも空振りだった。
「これを食べたら他の店に行ってみるのはどうだ?」
そう言いながら店主が白パンと鶏肉と豆のスープにオレンジを使ったガレットを持ってきてくれた。
「ありがとう」
クルトがお礼を言いスープに手を出した。
「商人が集まりそうな店ってある?」
店を左に出て通りをまっすぐ行った突き当りを右に曲がったところに食道といくつかの宿屋がある。そこなら商人が多いだろう」
「ありがとう、助かるわ」
「このスープ美味しいよ。シャルロッテ」
クルトが喜んでくれていて私も安心だ。
「ガレット美味しかったね」
「そうね、あんなに美味しいもの久しぶりに食べたわ」
そう言いながらクルトと手をつなぎ店主に勧められた食道に行ってみる。
最悪ヴィスヘルムスまで移動して護衛の探さないといけないかもしれない。
流石に土地勘が無いからどうすればいいだろうか。
明日、見つからなければ明後日出発しないとこの辺りで高給な仕事があるとは思えないしジリ貧になりそう。
「どうしたの?」
色々思案しているとクルトが声をかけてきた。
「これからの事を考えていたの。明日は一日休んでそれでも見つからなければ明後日東の方にいきましょう」
「分かった。僕はその辺りは良く分からないからシャルロッテに任せるよ」
その後、別の食道に足を運び交渉を行ったが特に成果が得られず宿屋で一泊することにした。
朝になり、干し草の上にシーツが引かれたベッドに座りお互いを見て座っている。
「一応今日も探しては見るけど、早いうちに移動した方がよさそうね」
「明日すぐに出発するの?」
「そうね、クルトの服とかをしっかりとしたものにしないといけないから今日は買い物に行きましょ」
「僕このままでも良いよ」
「ダメよダメ、そのすり切れた服も危ないし、何よりも靴」
そう言ってクルトの靴を指さした。
「クルトの木靴を革靴に変えなくちゃね。そんなんじゃ三日と持たないわよ」
「革靴は高価だから大人の使うものだって言われたけど、違うの?」
「高価だけど旅をする上では必要なの、だから明日は服と靴、そして武器を買いに行きます」
朝起きて荷物を持ち公衆浴場に出かける。
「暫く入れないから汗と汚れをしっかり落としなさい」
そう言って道中の雑貨屋で買っていた石鹸をクルトに渡した。
「入った事ある?」
「うん、何度かあるよ」
「じゃあ荷物を見ててあげるから先に入っていいわよ」
そう言って先にクルトが入って次にクルトに荷物を見て貰って私が入った。
公衆浴場で汚れと疲れを落とした後は市場に出かけ、クルトに服と革靴と小さな革鞄と木のボウルや腰に付ける革紐といった雑貨を買い、武器屋へとやってきた。
「今ある中から一番軽い剣を一つ欲しいんだけどあるかしら?もちろん安いやつよ」
そういうと職人は一振りのショートソードを見せてくれた。
お世辞にも品質は良いものとは言えないが、かなりの安物だ。
「うん、十分ね」
展示されている商品の中から手ごろなサイズのロングソードを手に取る。
格安なものなので、少し重くて手に馴染まないが、丸腰より何倍もマシだろう。
思ったより安く武器が手に入ったのでついでに、木の板を二枚張り付けただけの簡素なタージェも二つ買うことにした。
「じゃあこれ全部でいくらになるかしら?」
剣と盾を買い、表の広いところに出てクルトに手本を見せる。
「じゃあ、ここをこうやって」
新調した腰の革紐に剣と盾を固定する。
「慣れるまでは重いだろうけど、寝るとき以外は外さないでね」
「うん、分かった」
その後は余ったお金で、塩漬けのベーコン、黒パン、ぺミカンや少量の干した果物などの食料を買い込む。
「これで必要なものは買いそろえたわ」
「結構重そうだけど僕の鞄にも何か入れてよ」
「私は慣れてるから大丈夫。クルトは旅になれるところから、ね?」
「分かったけど…」
どうやら納得していない様子。
「じゃあ次に行くわよ」
「ねえ、シャルロッテここに来てよかったの?
クルトがそわそわしている。
「大丈夫よ、そうそう見つかるものじゃないわ」
小さな声でクルトに話しかける。
「それにしても大きい寺院だね」
「もしかして初めて?」
「うん、僕は村の寺院しか行ったことが無いや」
「そうね、これから向かうところの寺院なんてもっと大きいはずよ」
そう言って手をつないで寺院の中に入る。
「クルト、自分の名前書ける?」
「うん、書けるよ」
「じゃあここに自分の名前書いてごらん?」
クルトを左腕で持ち上げて私が指をさしたところにクルトという名前を書く。
「クルトはファミリーネームとかって分かる?」
「初めて聞くけどなあにそれ」
「名前と一緒に家族の名前を一緒に書かないとダメなんだけどこの地域じゃまだ普及していないのかな?」
「旅の方ですか?」
困っているところを見たのか神官がこちらの方へやってきた。
「この子ちょっと訳ありな子なんですが、この辺りの地域はまだファミリーネームの概念がないのですか?」
「そうですね、村々までその概念が行き届いているわけではありません」
「ファミリーネームって記載しないとダメですか?」
「まだまだ浸透していないですからね、割と皆さん適当に名乗っておりますよ」
そう笑いながら神官が答えてくれた。
「じゃあ私と同じクラークって名乗りなさい?」
クラークといういつも偽名で使っている名前をクルトという名前の横に書いてクルトに見せて自分の名前、シャルロット・クラークの名前を記載帳に記載した。
「こちら寄付金です」
そう神官に告げると宿代と食事代を引いた残りの銅貨をすべて渡した。
「確かに受け取りました」
神官が記載帳に金額の記載をしている。
「じゃあ行きましょ」
そう言ってクルトを連れていくつかの神像のある祈りの部屋にやってきた。
「誰か知っている神様は居るかしら?」
辺りを見回してみると有名な四大神に農村で良く信仰されている豊穣の神の神像しかなかった。
「うーん、分からないや」
「リーチェって神様は聞いたことある?」
「うん、それならいつも寺院で司祭様が言ってたよ」
多分豊穣の神リーチェを信仰していた寺院なのだろう。
麦の生い茂る中鹿の背に乗る膨よかな女神の像の前に来た。
「これが豊穣の神リーチェ、多分あなたがいつも祈っている神様よ」
「そう言われてみたら見た事がある…かも??」
クルトは若干困惑しているが、私が祈りだすとクルトは釣られて祈りだした。
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