第2話 異端審問


「クルト、大丈夫?」


クルトが落ち着いてきたところで状況を確認する。


「うん」


クルトはかなりショックを受けているようだ。


「お父さんとお母さんを助けられなくてごめんね」


私はクルトを抱きしめた。


クルトの頭は私のお腹辺りにある。


こんな小さい子の両親が殺されてしまった。


間接的ではあるけれど、私がクルトの両親を殺してしまったと言えるかもしれな。


「シャルロッテは悪くないよ。お父さんもお母さんも死ぬかもしれないって言っていたし」


思いもよらぬ答えが返ってきた。


「どういう事?」


「お父さんとお母さんは僕の為に戦って死ぬかもしれないって…そんな事を言ってた」


「そう…覚悟はしていたのね」


「だから…僕は…僕は」


そう言いながらクルトは再び泣き出した。


「大丈夫、私が守ってあげるから」


私の心の内からそんな言葉が出てきた。




昨日はそのまま休んだが追撃が来ている様子はない。


「ねえクルト、近くの街に行きたいんだけど場所分かる?」


「うん、分かるよ」


クルトはしっかりと答えるがやはり昨日のあの事件が起こる前の明るさが無い。


「とりあえず街に行ってそこでお金を稼がないとね」


私達は朝食を取りながらクルトに語り掛ける。


クルトも食事はある程度取れているみたいなので、とりあえずは大丈夫そうだ。


「ねえ、何やってるの?」


私が祈っているのを見てクルトは疑問に思っているようだ。


「食事が終われば神に祈りを捧げることにしているの。クルトもやってごらん?心が落ち着くつよ」


私は祈りまでが食事の行為という認識をしていたのだけど、クルトは違ったようで戸惑っているようだ。


「私は片足を付けて跪いて両手を合わせて神に祈っているけどクルトもやりやすい様にしてもいいのよ」


クルトは見様見真似で私の祈り方を真似してい神に祈りを捧げているようだ。


「形はなんでもいいの、胸に手を当てたり、小さな神像を取り出して祈る人もいるわ」


「そうなんだ」


祈りを終えた後、片付けをしてクルトの案内のものと街へと急いだ。




「ねえクルト、領主様の事を恨んでいる?」


今のタイミングではないとは思うが、この辺りははっきりしておきたい。


「分からない。今はどうすればお父さんやお母さんが生きられたのか知りたいかな」


そういうとクルトは俯いた。


「私もね…一応だけど貴族、つまり領主様の側の人間なのよ」


「えっ!?」


俯いていた顔がこちらを向いた。


「今は寺院に追われているから、ここまで逃げてきて、あの村にたどり着いたの」


「シャルロッテは悪い人なの?」


クルトは頭を傾けて考えているようだ。


「そうね、私のようにはなってはダメよ」


自戒を込めてクルトに言う。


「じゃあなんで僕たちを助けてくれたの?」


「見てしまったからかな」


そう答えるとクルトが少し笑った気がした。


「じゃあやっぱりシャルロッテは悪い人じゃないよ」


この子の心の傷はいつ癒えるのだろうか。




「でもさ」


ベーコンや黒パンを頬張りながらクルトは聞いてきた。


「食べ物を口に入れたまま喋らない」


クルトが食べ終わるのを待つ」


「寺院に追われていたのに村に来て真っ先に寺院に行ったんだよね?どうして?」


凄く説明が難しい質問をされた。


「クルトの村の寺院で例えると、寺院の手配、つまり悪いやつがいるぞという話は、税を納める領主のいる街の大きな寺院に最初に行くのね」


「うんうん」


「私がクルトの村で悪いことをしたらクルトの村で私が悪いやつだと言われて、その後領主のいる街の寺院が近くの村にこいつが悪いやつだーって報告していくのね」


「なるほど…」


「だからクルトの村で私が悪いことをしていたら他の村に到着したらすぐバレちゃうんだけど、王国を跨いでいるから…」


と段々と規模を大きくしていこうとしたのだが


「王国??」


「やっぱり難しいか…」


私は頭を抱えた。


「そういえばクルトは今何歳?」


「今年10歳になったよ」


「10歳の子にはちょっと難しいかぁ」


「どれくらいで分かるようになる?」


「どうだろう、普段寺院でどんな勉強してたかにもよるわね」


「簡単な字なら書けるよ」


得意げに言うところを見ると同じ年代の子でも優秀な方らしい。


「そうね、休憩する時とか時間のある時に勉強とか教えてあげる。そしたらそのうち分かるようになるわ」


私は順序だててクルトに教育もして徐々に教えていこう。


「うん、分かった」


「それでさっきの質問の答えだけど、クルトの村の寺院ならまだ安全なはずだからよ」


「それなら安心だ。シャルロッテが捕まっちゃったら僕一人になっちゃうから…」


そうか、私がいなくなるとこの子は一人きりになるのか…。


「大丈夫、クルトがいてくれるから一人の時よりは捕まりにくいはずよ」


「そうなの?」


「私は一人で追われたんだけどクルトと…そう、姉弟って事にすればバレにくいわ」


「分かった、シャルロッテは僕のお、お姉ちゃんだね」


クルトは若干恥ずかしがっているようだ。


「そういう事、頼んだわよ弟!」


そういうとクルトは再び食事を取り出した。




「びしょ濡れになっちゃったね」


昼食を取った後から日が暮れる辺りまで雨が降っていた。


「今日はこの辺りにしましょう。明日には街に到着するわよね?」


「そうだね、多分明日のお昼ごろには到着すると思うよ」


私も大雑把な地形は理解してたが土地勘のあるクルトが頼もしい。


「街には何度も行ったことがあるの?」


「そんなに沢山ではないけど、最近だと雪が解ける時期には冬の間で作ってた村で作った綿織物とかリネンを売りに行ったよ」


声は明るいのだけど、まだ顔が笑っていない。


「そう、街に付いたら美味しいもの食べましょうね」


少しでも心の傷をいやせたら、そう思いながら雨で少し湿った枯れ木を集めた。


「フラーモ エクブリーギ」


私が魔法で枯れ木を燃やした事が相当の驚きだったようで、クルトが興味津々に聞いてきた。


「今の魔法だよね?」


「魔法を見るのは初めて?」


「司祭様が怪我を治してくれる魔法を使っているのは見た事あるよ」


「今のは火をつける魔法、着火という意味よ」


「そういうのどこで覚えられるの?」


「私は寺院にある本を特別に読ませてもらって自分で覚えたわ。さぁ脱げるものは脱いで乾かしちゃいましょう」


そう言って私はチュニックとショースを脱いで絞って火のそばに置いた。


クルトも真似をしてチュニックとショースを火のそばに置く。


「ねえ、シャルロッテ」


「どうしたの?」


クルトは神妙な面持ちで聞いてきた。


「魔法でお父さんとお母さんを蘇らせる事は出来るのかな」


「残念だけど、少なくとも私は知らない。あったとしても一番大きな寺院の禁書…見てはいけない本の中にあるかどうかくらいのものじゃないかしら」


「そっか…」


クルトは残念そうな顔をしてもう一つ質問を投げかけてきた。


「ところで、シャルロッテはどうして寺院に追われているの?何をしたの?」


「そうね、その説明をしなければならないわね」


私はそういうとどこから話すのが良いのか考える。


「私の住んでいた大きな街の寺院で修行中の神官に天啓が下ったの」


「てんけい?」


聞きなれない言葉にクルトは困惑している。


「えっと…神様が神官や司祭様に対して色々教えてくれたり指示してきたりするの」


「神様って本当にいるんだ」


「そうね、何の前触れもなく急に頭の中に言葉を残してくれるそうよ」


「その…てんけい?がどうしてシャルロッテが悪いってことになるの?」


「その天啓は”大陸の東側に文明が存在する”って事だったのよ」




「教えに反する天啓を得たとの事で、神官を異端審問にかける協議をする事になったのだがレルタ家の代表としてシャルロッテ、お前に任せてもよいか?」


私を呼び出したお父様が、私にそう言ってきた。


「なぜお父様ではなく私が裁判に出廷するのですか?」


「お前を裁判に出廷させるのは、お前が一番寺院の信仰について詳しいからじゃ。普段から寺院の書庫で色々本を漁っておろう?」


確かに普段から暇さえあれば寺院の書庫を観させてもらっているし、異端審問の協議には参加してみたかったのですぐに承諾をした。


「分かりました。そういう事であるならば」


異端審問にかける協議はすぐに開催され、私はそれに出席をした。


「シャルロッテ、えらく貧相な服装できたものね」


後ろからいつもの憎たらしい声が聞こえてきた。


「あらニーナ様お久しぶりです。我が家は服飾にお金をかけられるほど裕福ではないのですよ」


「いつもパーティに出席する時はドレスを着ていますのに」


「恥ずかしながら私のドレスはあれしか持ってないので、ここには着てこれません」


パーティが嫌いなもの同士、同年代という事もあって、いつもパーティを抜け出してこっそりと二人で話す機会が多いので、仲はそこまで悪くはないのだが…。


「最近臨時の徴税が多いと大司教様が指摘なされています。あなたの領地では大丈夫だと思いますが、徴税の際には十分を気をつけくださいな」


「お父様にも伝えておきます。」


ニーナ様は声を小さくしてこちらに耳打ちをしてきた。


「遠征軍の話が持ち上がっています。私達も初陣を飾れるのですから是非機会があれば武術の稽古をつけてくださいね」


「そういう事でしたら、近いうちにそちらに伺います」


両腕を拘束された貧相な服を着ているものを護送する一団がこちらにやってきた。


「そろそろ始まるようですわよ」


そういうとニーナ様は司教様の横の席に着席した。


「では異端審問を始める。異端者が自己の功績を上げるために天啓を受けたと虚偽の発言をして世間を混乱させた罪、決して軽くはない」


「お待ちください」


ニーナ様が異議を唱える。


「寺院側の主張は分かりましたが、異端者が何を発言したのか、これを教えてくださいませんと私達貴族側は判断できません」


「分かりました」


と司教様が異端者がどういう発言をしたのかを説明しだした。


「この異端者は寺院の教義とは反する"大陸の東側に文明がある”と申したので、即刻異端の罪で拘束して今に至ります」


「ではこの者に、それが事実であるか確認を取らせてください」


そうニーナ様は言う。


「分かりました。その異端者に発言の機会を与えよう」


そう司教が言うとニーナ様が確認をした。


「”大陸の東側に文明がある”と発言したのは事実ですか?」


「事実でございます。しかし間違いなく天啓でございました」


神官がそう答えた。


「その根拠を教えて貰ってもいいかしら?」


私がそう神官に聞いた。


「寺院で杖術の修行中でございましたところ、話しかけてくる声が聞こえました」


「その声はなんと?」


「多少朧気ではあるのですが、”大陸の東側に文明がいる。その事を履行者伝えよ”そう何度も頭の中で聞こえてまいりました。その後声が聞こえなくなった時医務室のベッドの上で起きました。」


「なるほど、司教様少しいいですか?」


私は司教様に質問をした。


「なんでしょう、レルタ卿」


「寺院の書庫で読んだ限りだと天啓を受けたものは神からの声を聴き気が付いたら気を失っている。この天啓が事実という可能性はありませんか?」


私がそういうと司教様は明らかにこちらを睨んでいる。


「ちょっとシャルロッテ」


ニーナ様は止めに入る。


「なるほどなるほど、確かにそれは間違いありません。しかしレルタ卿、あなたがその書物を読めるという事は異端者であるこの者にも読めたという事ですよ」


確かに司教様の言う通りだけど書庫の奥、許可されていない禁書の中までは見られないだろう。


「司教様、その神官の罪状はどのようになるのでしょうか?」


「大陸の東側に文明があるだの教義に反することをいうような異端者は死罪以外にはありませんな。エニス卿は異論がありますかな?」


「いいえ、コルファヴォーロ様の信者としては慈悲を求めたいところですが、致し方ない事でしょう」


ニーナはそう答えたら司教の顔が緩くなっていく。


「ではレルタ卿も異存はありませんな?」




「そしてその後禁書の中に同じような記載がいくつか見られるって言ったら…ね?」


そうクルトに説明をする。


「半分くらいしかわからなかったけれど、寺院の偉い人を怒らせるのはダメだよ」


クルトもあきれ顔だ。


「仕方ないわ、私が気になったのだから」


「寺院に見つかっちゃったらシャルロッテは…その、殺されちゃうの?」


「多分ね、でもクルトを置いて捕まらないから安心して」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る