赤の傭兵

@I_LOVE_Redmage

第1話 逃亡

寺院を飛び出し、帽子が落ちない様に左手で押さえて人ごみを縫うように走る。

後ろに振り替えると警備を担う僧兵たちが私を追いかけてくる。

見知った住宅地から離れ一心不乱にスラム街の方へ逃げ、辺りを覗うとそこに僧兵の姿は無かった。

この辺りは酷く匂う、何かが腐敗しているようなそんな匂いだ。

スラム街の存在は知っていたがまだこの街にもこれほど多くの困窮者がまだ残っている事に驚いた。

私は赤い帽子を脱ぎ、急ぎ市街地の方へ向かう。

市街地にやってきて辺りの様子を伺うが、ここまで僧兵や衛兵はまだ来ていないようだ。


周囲を警戒しつつ、所持金を確かめてみたら金貨が一枚に銀貨が数枚。

このままこの街に留まっても捕まってしまうのも時間の問題だ。

差し当たって隣の領地に逃げ込むことが出来れば安心できるだろう。


仕立て屋でチュニックとズボン、タイツを買い、テントに使えそうな大きめの布を購入した。

「ねぇ店主さん、10日分くらいの食料を入れられる袋ってあるかしら?」

そうするとこんなのはどうですか?と店員さんが奥から大きな革のカバンを持ってきてくれた。

カバンを買い、店を出て食料の並んでいる露店に行き、仕立て屋で使った分の残りのお金で買えるだけ、黒パンとソーセージを買い込んだ。

武器を買いそろえようと思ったが、金貨では武器を買うには大きすぎて、何十本も買えてしまう。

お釣を貰おうにも店主がそれだけを用意している訳もなく、釣りは要らないと言って店を出ると賄賂を足したと思われ処罰されるかもしれない。

そんなことを考えていると、衛兵が慌てた様子で露天商に聞き込みを行っていたり、店の中に張っていくのが見えた。

考えている暇もないか…。

私はすぐに街から出て一番近い国境を目指して移動を始めた。


四日が経過したころにようやく関所が見えた。

遠くから隠れて関所の兵士を観察してみると一見平常通りに手続きが行われている様にも思えるし、特別な手配書が回っているようにも見える。

正直手配書が回っているかは分からないが可能性としては高いだろう。

一瞬血迷って強行突破も考えたが、これ以上罪状が増えるのは困るので頭からすぐかき消した。

私は仕方なく国境の山林を通り、越境することとした。


山林に入ってから二日が経過した。

そろそろ大きな川に合流するはずの水源が見えてもいいはずだ。

私は草木を掻き分け移動し、生えているベリーを食べながら水源のあるはずの方角に進んだ。

日が沈もうとしている頃にようやく川を見つけた。

恐らくこれを辿れば大きな川に合流する。

川を覗き込んでみたら顔も服もドロドロに汚れていた。

考えてみれば六日間身体も服も洗わずに人の通らない場所を移動してきたのだから当たり前だ。

私は帽子を取り、顔を洗い衣服を脱ぎ川で身体と衣類の汚れを落とす。

その後、適当な薪になりそうな枯れ木を集めた。

「フラーモ エクブリーギ」

指先に魔力を集中させて集めた枯れ木に火をつけ衣服を乾かす。

やっと一息付けた私は集めてきた枯れ木の一部を束ねて寝床にして横になりながら夜空を見上げた。

残る食糧は五日分あるかないかくらいだろうか。

明日から街道に出て何事もなく街を目指せば食料は持つだろう。

生まれたままの姿から文明人に戻り、そしてそのまま眠りに落ちた。


翌日は予定通りに大きな川に沿うような形で作られている街道へと出てきた。

大回りしていたとはいえ国を跨いでいるので、寺院の手配もすぐには出来ないだろう。

太陽が高くなる頃合いまで街道を歩いているとちょっと離れたところに大規模な畑を見つけた。

少し街道を逸れるが、村どんな状況なのは把握するために少し様子を見に行ってみることにした。

畑を見てみると麦の穂が緑から少しだけ黄色くなりつつある部分が見える。

小麦畑を緩やかに下っていたところに集落が見えた。

悟られない様に堂々と旅人として集落に入っていくと、村民と思しき人々が言い合いをしている。


「他の村にだって同じように…て話だ」

「反乱なんて…更に…」

「この時期に徴収で…」


何とも物騒な単語が聞こえてきたが、寺院関係ではなさそうだ。

私は祈りを捧げるために寺院を探してる。

「ねえあなた、寺院がどこにあるか教えてくれる?」

通りがかった金髪の少年に声をかけた。

「僕も用事があるから寺院に行くんだ。お姉さんも一緒に行こうよ」

少年に連れられて小さな寺院に来たが、中には誰もいなかった。

「司祭さま、まだ帰っていないみたい。もうすぐ戻ってくると思うよ」

「ありがとう、助かったわ」

少年にお礼を言うと私は帽子を取り神像に祈りを捧げる。

信心深い方ではないけれど、ここ数日寺院とは無関係な生活を送ってきたので気が休まる。

「司祭さま!おかえりなさい」

「ただいま、クルト…あれ?こんな時期にお客さんですか?」

私は祈りを終え司祭様の方を向き挨拶する。

「旅のものです。神に祈りを捧げていました」

「ふむ…お嬢さんが一人で旅ですか」

「ええ、色々ありまして…」

この神父様は敵意はなさそうだが、やはり一人旅というのが引っかかるようだ。

「この村は少し危険な時期に入っているので、早々に立ち去った方が良いですよ」

「そういえば村の人が騒がしかったようですが、何かあったのですか?」

私は好奇心から司祭様に聞いてみる。

「この時期に臨時の徴税がありましたね」

「まだ小麦が収穫されていないのにですか?」

「勿論小麦が収穫される時期の徴税もあります。だから村民たちは頭を抱えているんです」

「それがどうして危険に繋がるのですか?」

「本来であれば衛兵が正式に徴税に来るはずなんですが、衛兵が別のところに動員されているようで、傭兵団が臨時で徴収しているのです」

「あまり聞かない話ですね、その徴税は事実なのですか?」

「私の方で領主様に確認しましたが徴税は本当ですね。ただ…」

「何かお困りの事でも?」

「その傭兵団が必要な徴税分に色を付けたのです」

なるほど話が見えてきた。

「その色を付けた部分が問題なのですね」

「そうなのです、ただでさえ厳しい時期の徴税に加えてかなりの分、色を付けて要求しているようでそれについても領主様は了承されているのです」

さっきの村人の会話が頭をよぎる。

「ちょっと待ってください司祭様、もしかして武力に訴えかけるつもりなのですか?」

「それも選択肢に入れているようです。私も制止しているのですが…」


一通り神父様に情報を聞いた後、少年を送って帰る。

「私はシャルロッテ、あなたの名前を教えてくれる?」

「僕はクルト」

「じゃあクルトは村がどうなっているか分かる?」

「ようへいをやっつけようってお父さんとお母さんが言ってる」

「それを司祭様に伝えに行ってたの?」

「うん、他の村との連絡も取れたって」

「それは穏やかじゃないわね。クルトこの村にはお店はある?」

「街に行かないとお店はないよ」

「そっかー」

一応この辺りに手配書は回っていなさそうだし、武力衝突は何とか避けないと…。

村の中心についた時には時すでに遅し、傭兵団と思しき一団と武装をした村民たちが交渉をしていた。

「僕、村の子供たちを集めて村長の家に行かないと」

空気を察したのかクルトを子供たちを集めてその場を後にした。

私は武装している農民をかき分けて、傭兵団と交渉している村人の元へいく。


「てめえら、領主様の徴税を拒否するとどうなるか分かってんだろうな」

「ない袖は振れないというのは散々言っているだろう、我々だってお前達を殺すくらい難なくやってやれるぞ」

一人の傭兵と村人の代表者の男が一触即発の状態で話をしている。

「じゃあやってもらおうかじゃないか」

傭兵がそう言って剣を抜いた。

それを見た私はすかさず村人の男を蹴り、彼の持っているフォークを取り上げた。

「待ちなさい」

私はそういうのも聞かず傭兵が切りかかってきたのでフォークの穂先で剣を絡め取り、弾き飛ばした。

「てめえ、何もんだ」

「ただの旅のものだけど、両替をお願いできるかしら?」

「状況を分かって言ってんのか?ぶっ殺すぞ」

弾き飛ばされた剣を拾いこちらに怒号を浴びせてくる。

私は一枚の金貨を傭兵団に見せた。

「これを銀貨10枚に両替してくれないかしら?」

「なるほどなるほど、お前がこの村の税金を払ってくれるのかい?」

傭兵は私の提案を若干履き違えている。

「勘違いしないで、銀貨90枚であなた達は手を引きなさいと言っているの」

「どういうことだ?」

「領主に納税しなければならない分は徴収して構わないけれど、あなた達傭兵団の手取りが銀貨90枚って事よ。あんたもそれでいいわね?」

私は村人の男にも了解を取る。

「あんたが肩代わりしてくれるってなら何とかやっていけるはずだ」

かなり動揺しているようだが、そう答えた。

「村の人はこう言っているけどあなた達はどうする?もちろん他の村への不当な徴税も許さないわ」

「良いだろう、税は領主に言われた通りの分しか徴税しない」

これで無用な血が流れずに済んだ。

「だがな、赤い帽子の旅の人よ。他の村にも反乱を呼び掛けていたものがお前のすぐ後ろにいるんだよ」

そういうと傭兵は交渉をしていた男を睨んだ。

「俺たちはこれを領主に報告しなければならない。とりあえず手持ちの銀貨が4枚しかないから不足分は明日には持ってくる」

そういうと傭兵は銀貨を4枚投げて渡してきた。

「一度野営に戻って傭兵団に通達したのち、明日既定の税を納税してもらう。それでいいな?」

傭兵がそう聞いてきたので後ろの男に確認をすると頷いた。

「じゃあ引き上げるぞ、他の村にも連絡を入れておけ」

そういうと傭兵達は各々村から離れていった。

「いや、助かったよありがとう」

交渉にあたっていた男を筆頭に武装していた村人が安堵した様子でこちらに謝辞を述べてきた。

「武装しての交渉はよろしくなかったと思うわ。税が重いならまず寺院に、それでもだめなら直接領主様に直談判に行きなさい」

私はそう助言をすると彼らは納得してくれたようだ。


「シャルロッテって強いんだね」

「それなりに自信はあるわ」

交渉にあたっていた男の家に招待されるとそこにはクルトがいた。

「今度、僕にも教えてよ」

「ごめんねクルト、私は先を急いでいるから明日旅立つわ」

そんな話をしていたら、外が騒がしくなってきた。

「私が見てきます」

そういうとクルトの母は表に出て行った。

「シャルロッテはどこに向かっているの?」

「そうね…ずっと東の国かな」

「また来てくれる?」

「ええ、いつになるかは分からないけれど必ず」

そんな話をしていると、物凄い悲鳴が聞こえてきた。

クルトの父が慌てて表に出ると大声を張り上げた。

「クルト!逃げろ!」

私はクルトの手を持って表の様子を伺うと、そこには二名の死体が転がっていた。


「どういうつもりよ」

クルトの両親が村人によって殺されていた。

「傭兵は領主様に報告すると言っていた。反乱を企てていたのが領主様にばれると我々も罰せられてしまう。首謀者であるこいつらを引き渡せば許されるかもしれない」

そして村人たちは私の方…私の手を握っているクルトの方へやってきた。

「あなた達、クルトも殺す気?」

「こいつも殺さなければ、ほかに手段がない」

扉を閉めてローブをクルトに着せ、鞄を持ち裏の窓からクルトを外に出して私も飛び出した。

「クルト、走れる!?」

クルトは無気力になっていたので仕方なく私が背負って村から出る。

何人か先回りしてきたが、武装をしていなかったので体術で応戦する。

「フラーモ マルフォルタ デフラグロ」

村を出て小麦畑にたどりついた私達は小麦に火をつけた。

追ってきた村人は慌てて小麦の消化をしだす。

それに乗じて私は坂を駆け上り、街道へと出た辺りの川沿いで休息を取った。

「クルト大丈夫?」

クルトを降ろすと状況が分かったのか物凄い勢いで泣き出した。

私はクルトが泣き止むまで抱きしめている事しかできなかった。

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