第52話 再び、嵌められる 1 我妻 莉子 (あがつま りこ)
プルプルと鳴り出す携帯。
三下は、包帯を巻きなおしていた手を止めて、携帯を覗き込んだ。
おっと。
我妻 莉子、今度は、ちゃんと登録してあるため、名前が出ている。
迷うも、電話に出る三下だった。
「もしもし。」
「ちょっと、何で電源が入ってないの、何回も電話したんだけど。」
手早く出たつもりが、既に手遅れだったようで、彼女は、かなり機嫌が悪い。
「あー。ごめん。昼間は電源落としてるんだよ。前も言った気がするけど、犬の機嫌が、、、。」
「相変わらず、犬が優先ね。」
更に、悪さが上乗せ。
「まぁいいわ。明日、迎えに来て。」
「は?」
「服を返さないといけないでしょ。」
三下は、少しかかって思い出す。
「えっと。返さなくてもいい、とか言ってなかった?」
彼女が、向こうで激しくため息をついたのが聞こえる。
「そんなわけにはいかないでしょ。」
「まっ、まーねぇ。」
「明日、駐車場ね。お店が開く時間で。」
「えー。」
三下は、必死で言い訳を考えたが、間に合わなかった。
「どうせ、明日も犬の相手でしょ。当然、女の子からの約束が優先よね。よろしくね。」
プツッ
いきなり通話が切れ、三下は、ため息をついた。
来客用と書かれた枠に、バックで車を止めると、三下は、マンションを見上げた。
時計を見るまでもなく、彼女の部屋の扉が開き、出てきた莉子が、こちらに目を向ける。
三下が空いていた窓から腕を出して上がると、莉子も、軽く手を振って歩き出す。
「ちゃんと来たわね。流石ね。」
特に急ぐ様子もなく、駐車場をよぎってきた莉子は、当然の如く、助手席に座り込むと、機嫌よく声をあげた。
「はいはい。」
三下は、適当に返事をしながら、シートベルトをつけた。
「ねぇ。お茶は?」
莉子が、ドリンクホルダーから目線を上げて、三下を見上げる。
「ん。今からだ。」
「朝御飯、買ってきたんじゃないの?」
「お前さんが、どうせそう言うと思ったから、買ってない。朝も食べてないだろ。コンビニに寄るから、適当に選んでくれ。」
何故か、むくれるように、シートにもたれる莉子。
「どうせ、そんなにいらないから、わけてくれれば十分なんだけど。」
「おいおい。俺の分が減っちゃうんだけど。」
「ダイエットに協力してあげる。」
「はいはい。」
ぶつぶつ言いながら、シートベルトをつける莉子を確認し、三下は、車をコンビニに向けた。
「どれにするの?」
中に、いくつものペットボトルが並んでいる扉の前で、前を歩いていた莉子が、三下に問いかける。
「好きなのを選んでいいよ。」
「ん、と、前は、普通のお茶だったよね。」
と、扉をあける莉子を、三下が止めた。
「いいから。自分の飲みたいのを選んで。」
刹那に、何で? と、顔に書くも、莉子は、くるりと目を動かした。
「んー。特にないから、お茶でいい。」
中からペットボトルのお茶を一本取り出し、扉を閉めて、三下に渡す。
三下は、受け取ったペットボトルを軽く、莉子の前に出し、
「じゃあ、これでいいね。」
確認。
「いいよ。それで。」
頷く莉子。
三下は、もう一度、扉を開けると、全く同じペットボトルを手に取った。
「ちょっと、何でもう一本だすの?」
「何でって。一本は、お前さんの。一本は、俺の。」
すっ、と、眉をひそめる莉子。
「私、別にこんなにいらないから、わけてくれればいいんだけど。」
「大丈夫だ。ペットボトルだから、蓋ができる。家までちゃんと持っていけるぞ。」
更に、莉子の目が細くなる。
三下は、気にしないようにして、弁当の陳列棚に向かう。
「どれがいい?」
三下が聞くと、莉子は、ちらりと三下を横目に見た。
「三下さんは、どんなのがいいの?」
聞き返す。
「そうだな。片手で食べれるのがいいな。よくないけど、運転しながら食べれるからな。」
ころりと、得意げになった莉子は、手を伸ばすと、サンドイッチを手に取る。
「だっだらこれね。いいでしょ?」
正解でしょ、と、言いたげに、三下に差し出す。
「あぁ。いいぞ。」
答えて受け取り、そして、また、手を伸ばす三下。
莉子が手にしたのと同じものを手に取った。
「ちょっと、私、こんなにいらないんだけど。」
「大丈夫だ。サンドイッチだからな、食べきれなくても、家まではちゃんともつ。」
「、、、。」
黙って動かず、額に薄く青筋を浮べた莉子を尻目に、清算をすませる三下。
横目に、莉子に声をかけた。
「おーい。いくぞー。」
莉子は、ドスドス、と、聞こえそうな勢いで歩き出し、待つ、三下の手前で止まると、三下を睨み付ける。
「ちょっと、ねえ。そんなに私にわけるのがやなの?」
「こらこら。ちゃんとわける分は買ったぞ。しかも、食べきれないことを考えて、お持ち帰りも考慮してる。大丈夫だ。」
「、、、。」
更に、無言で目をつりあげるも、言うことが見つからず、ぷぃっ、と横を向いて、莉子は、出口に向って歩き出す。
三下は、軽く肩を竦めると、続いて歩き出した。
バタン。
かなりの音量で、助手席の扉がしまる。
三下は、ため息をつくと、運転席の扉を開けた。
「ん。」
扉を閉めた三下は、ペットボトルをドリンクホルダーに入れ、サンドイッチを莉子に差し出す。
「、、、。ありがと。」
機嫌が悪い様子ながらも、素直に礼を言ってサンドイッチを受け取った莉子は、ガサゴソと、袋を開けると、食べ始める。
それを確認して、三下も、サンドイッチを食べ始めた。
「行かないの?」
とりあえず、二口目を飲み込み、莉子の方を見る。
「そこまで急ぐ程でもないし、、、。何かあるのか?」
三口目を口にして、莉子を見ると、あからさまに向こうを見る。
怪しい。
目を細くする三下
「べっ、別に何にもないけど、行かないのかな?って。」
ごまかし笑いをしながら答える莉子。
「、、、。別にも何も、お前さんに予定があるなら、行っても構わないぞ。」
「ホント?なら行って。あっ、そうだ。何なら、あーん、してあげる。」
急に、機嫌が好転した莉子は、上機嫌で笑いかける。
「なんだ?あーん、て。」
「食べさせてあげる。運転してると、食べにくいでしょ。ね!」
三下の持っているサンドイッチを、取り上げようとする莉子。
「むしろ、その方が危ないぞ。」
スッ、と、躱す三下。
「ちょっと。あーん、してあげるから、こっち向いて食べるだけでしょ。」
「そっち向いた途端に、事故ってしまうわ。」
三下は、急いで残りのサンドイッチを食べきると、車のエンジンをかけた。
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