第46話 一休み 2

 扉を閉め、エンジンをスタートさせる。

 金物屋を出た三下は、そのまま車に乗り込むと、買い出しの為に町へ向かった。

 街道は、急ぐ理由もない為、のんびりと走らせ、目的だったスーパーマーケットの駐車場で、車を止めた。

 店内は、普通なら就業中の時間帯の為、客はそれ程多くなく、店員が忙しく商品を準備していた。


 綺麗に掃除がされている、ステンレスか何かのショウケースの枠に映る自分を眺める三下。


 年下ねー。


 そんな風に見られたことは、一度もない為、どうも気になっているのだ。


「そちらの商品、かなりおすすめですよ。美味しいですし、量もしっかりありますし、迷うことないですよ。」


 と、いきなり横から飛んできた声に、三下が振り向くと、隣で品出しをしていた若い店員が微笑んでいた。

 三下は、慌てて前を確認すると、特価と書かれたシールが貼ってある豚カツが、積み上げられていた。


「あぁ。そうなんだ。ありがとう。もらってくよ。」


 確かに大きい豚カツが入ったケースを、一つ、二つと買い物籠に入れる。


「あっ。そうそう。そちらの、とんかつソース、もお勧めですよー。よかったら。」


 店員が、指差す先には、ショウケースの上に並んだ、とんかつソース。


「そうなんだ。じゃあ、これももらってくよ。」


 三下は、とんかつソース、も買い物籠に入れた。


「ありがとう。」


「いえ。ごゆっくり。」


 少し歩いて、後ろを向き、自分に声を掛けた店員が、品出しにもどったのを確認して、三下は、一息つくと、改めて周りを見た。

 店員が近くにいないことを確認して、映っていた自分を思い返す。


 どこが、そんな風に見えるんだか。


 確かに、前髪の後退はぎりぎり保っているように見えるが、自分でどう見ても、年相応のおっさんにしか見えない。それどころか、シップや、包帯を隠すために着ている上着は、例の奉仕品で、かなりダサい。つまりは、普通のかなりダサいおっさん。


「、、、、。」


 三下は、自己評価の結果に、ため息をついた。


 それにしても、ダサいのは、更におっさんに見えるだろうし、、、。


 考えながらも、適当に品物を買い物籠へ入れていくが、結局、答えが出ないまま、レジを抜けていた。


 まぁ。気にするだけ無駄か。彼女にたまたま、そう見えただけかもしれないし。


 三下は、車を動かして、駐車場を出ると、通りを走らせた。




「まだやってないかな?」


 三下が車を止めたところの前には、黄昏、と、看板の掛かった店の扉があった。

 夕暮れ時とはいえ、看板に灯りが入るほどの時間でもない為、開店しているかはわからなかったが、思い出しついでに、と、よることにしたのだ。


 扉の前に立ったところで、少し、躊躇したが、そっと、扉を開いた。


「いらっしゃーい!」


 扉は素直に開き、カウンターの中央にいるママの少し艶がかった声を聞く三下。


「お疲れさま。」


 三下は、軽く片手を上げながら店に入ると、ママと、先日の彼女の前に向って歩いた。


「珍しいわね。て、言うか、初めてじゃない。一人で来るのは。」


 ママは、腰に手をあてながら、目を丸くしている。


「言われてみれは、そうかも。」


 二人の前に座った三下は、ママの横で頭を下げる彼女に軽くうなずく。


「それで、初めて一人で来ちゃった理由はなにかしら?面白い話だといいんだけど。」


 笑顔に、好奇心の色を混ぜて、芝居がかった言い方をするママに、困った苦笑で、三下は答えた。


「あはは。ちょっと、聞いてみたいことがあってさ。いいかな?」


「あら。確認するようなことなの?もしかして、私のスリーサイズとか?」


 口に手をあてながら、からかうように笑う。

 三下もあわせて、ちょっとオーバーに。


「そりゃあ、大いに興味があるね。是非、確認したいよ。」


「あらあら、嬉しいわ。でも、ざーんねん。聞く必要がない関係になった人にしか、教えないことに決めてるの。ごめんね。」


「残念。教えてもらえる人がうらやましいよ。」


「ふふ。そうそう、飲み物は何にする?」


 惹かれる笑のママに、三下は、ほぼ反射的な答えを返した。


「そうだね。ウーロン茶で。」


「相変わらずねー。他にはないの?」


 ママは、呆れたような顔をした後、自分が考えるような仕草をする。


 と。


 目を輝かせた。


「丁度いいわ。ノンアルコールビールを昨日から出してるの。それにしたら?」


 うげぇ。とでも言いたげな渋い顔をする三下。


「それさー。昔、飲んだことがあるけど、凄く不味くてさー。好きじゃないだよね。」


「私もそう思ってたけど、最近の新しいのを試したら、割と飲めそうだったから出すことにしてみたの。」


「ふーん。」


 不満そうに、口を尖らせる三下に、ママは、ニコッと微笑む。


「決定ね。」


「えっ。いや、ママのことは信用してるから、いいけどさ。」


「ふふ。じゃあ、お願いね。」


 ママが、横にいる彼女に声を掛けた。

 彼女は、頷くと、準備を始める。


「でー。本当は、何を聞きたいの?」


 かなり興味があるのか、ママは、顔を突き出すようにしてくる。


「いやいや。そんな凄い質問じゃないから。本当。」


「そうなの?つまらないわねー。」


 不満げにしながらも、目で先を促すママ。


「その前に、ちょっと、確認したいけど、ママって、俺の歳ってしってたっけ?」


 ママが、少し上を見るように記憶を探った。


「んー。ちゃんと聞いたことはないわ。」


「じゃあ。彼と、俺との歳の差はしってる?」


「それは知ってるわ。確か、彼より一つか、二つ、上なんでしょ。」


「えっ?」


 ママと三下は、いきなり声を上げた彼女に目を向けた。


「あーっと。」


 注目が集まっているのに気が付いた彼女は、焦った様子を見せるも、一息ついて、二人を見た。


「彼って言ってるのは、先日、三下さんと一緒に来た方ですよね。」


 頷く二人。


「その、彼の方が、三下さんより年上なんですよね。」


 ママと三下は、一度、目線を合わせて、再び彼女の方へ向き直った。


「んーと。一応、俺の方が年上なんだけど、、、。」


 三下が、自分を指しつつ、一言すると、可愛らしく頭を数回かいた彼女は、ぺこりと頭を下げた。


「ごっ、ごめんなさい。年下だと思ってました。」


「あっ、いゃ、謝るようなことじゃないよ。別に怒ってないし。」


 慌てて、彼女に頭を上げさせる三下。


「でも、どのへんで、そう思ったの?」


 頭を上げた彼女は、ママの声に首を振った。


「わからないですけど、疑問には思いませんでした。」


「ふーん。」


 彼女を眺めると、ママは、横目に三下を眺める。


「よかったじゃない。若い子に、若く見てもらえて。」


「そっ、そう言われてもな。どこが、どう見えたらそうなるのか、わからないしな。」


 三下は、戸惑いながら、俯き加減に黙ってしまっている彼女を眺めている。


「こっち向いて。」


 言われるままに、顔を向けると、ママが、目の前に顔を突き出していた。

 驚いている三下を、上から下へと眺めていくママ。


「立って、ちょっと離れてみて。」


 肩を窄め、席を立つと、壁際に立つ三下。

 もう一度、上から下へと、三下を眺めるママ。


「前に見た時も思ったけど、三下さん、変わったわね。」


「それは言われるけど。」


「それのせいじゃないかと思うわ。」


「?」


 不思議そうにママを見る三下に、ママは、薄く息を吐いた。

 

「なんて言うのか、躍動感みたいなのが強くなった?そんな感じなのよ。」


 彼女が、はっ、と、顔を上げて、ママを見る。


「あっ。そんな感じだと思います。」


 ママが、数回頷く。


「つまり、前から知っている人は、躍動感が強くなったように見えるだけで、初めて会う人は、躍動感が強いから、若い人じゃないかと思う。ってわけね。そんな感じじゃないかしら。どう?納得できた?」


 三下は、肩を上下させた。


「なんとなく。」


 未だに納得できない様子の三下。

 ママは、三下の肩を軽く叩いた。


「ちょっとーー。喜びなさいよ。若く見てもらえるなんて、かなりいいことよ。どうやったのか私にも教えてよ。」


「どうやった、て、言われても、こっちも、何で?と、しか言えないんだけど。」


「本当?」


「まぁ。」


「怪しいわね。」


「、、、、、、、、、、。」




 流れで暫く話し込んだ三下は、店の扉を後ろに立つと、車に乗り込んだ。

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