第43話 我妻 莉子 (あがつま りこ) 4 (& 浅見 綾夏)

「それで?何だか、動き方が変だけど、、、あっ、もしかして、勇者修業?」


 改めて三下を眺め、面白そうに微笑む綾夏に、三下は、肩を窄めた。


「勇者はともかく、筋肉痛が酷くてさ。」


「大丈夫?」


 三下は、心配そうに自分を見る綾夏に、少し首を傾げ、渋顔になった。


「んー。微妙、何だか、筋も痛くてさ、動くのが大変なんだよね。」


 綾夏の目が、僅かに丸くなる。


「筋も痛いなんて、相当、無理な修業でもしたの?」


 三下は、更に渋い表情になった。


「、、、あー。、、、全力ダッシュを数回しただけなんだけどね。」


 綾夏の目が、もう少し丸くなる。


「、、あ。そうなんだ。なんか、凄い筋トレでも、、。」


 と、途中で区切って、明るく言い直す。


「よ。良かったじゃない。少しは体力不足が解消されそうだ、ってことでしょ。」


「そうかもしれないけど、そこまで体力がなくなってるなんて、思ってなくてさ。」


 長々と息を吐いて、肩を落とす三下を見て、綾夏は、急いで話題をかえることにした。


「んっ、と。シップ、かなり匂いがするけど、沢山貼ってるでしょ。調子はどう?」


 顔を上げ、少し、調子を確認する三下。


「そうだねー。今のところは痛くて、全くわからないよ。一応、右と左でわけて貼ってるけど、わかる以前の話だね。」


「え。もしかして、本当に、わけて貼ってるの。」


「まぁね。どちらにしろ、枚数が微妙だったから、丁度よかったよ。」


「そっか。で、どんな感じに貼ってるの?」


「ん。待って。」


 顔をしかめつつ、上着を脱いだ三下は、下に着ていたTシャツの右側をめくって、腕を見せた。


「こんな感じ。」


 一瞬、予想外、と言いたげな表情をした綾夏だったが、すぐに落ち着いて、三下の腕に軽く目を走らせる。


「ふむふむ。前腕も二の腕も、真ん中あたりに貼ってるのね。」


「まぁ。貼ってあれば効くかな、って。」


 ちょっと顎に手をもっていった彼女は、スッと、三下を見た。


「ねぇ。貼りなおしていい?」


「えっ?いいけど。」


「じゃぁ。遠慮なく。」


 そう言った彼女は、よどみなく手を伸ばすと、三下が見せている右の二の腕、外側からシップを剥がし、右の手首に巻き付け、

 

「で。と。腕をちょっと開いて。」


 三下が、言われるままに腕を開くと、右の二の腕の脇に側に貼ってあったシップを剥がし、右の前腕の肘側に巻き付けた。


「よしっと。実はね、この辺りの人って、筋が張るほどの訓練をする人なんていないから、効能には書いてあっても、実際にどのくらいの効果があるかわからなくて、こうやって筋の辺りに貼って試してみたかったのよね。」


「そっ、そうなんだ。役に立ってなによりだよ。」


「うん。レポート、期待しているから。」


 キラキラした目で、上機嫌に三下を見る彼女。


「おっ、おう。頑張るよ。」


 これは、かなり真剣にやらないと。


 三下は、今一度、レポートへの決意を固めた。


「でも、二の腕のシップがなくなっちゃったわね。数が微妙とか言ってたけど、追加する?」


 彼女は、いったん、三下の右の二の腕に目を向け、三下を見上げた。


「そうだね。頼むよ。」


「ん。じゃあ。うちで普通に使ってるのもいるよね。」


「あぁ。よろしく。」


「後は、傷薬。」


 彼女は、そう言うと、かなり真剣な眼差しを三下に向けた。


「えーっと。」


「シャツの首元に包帯が見えてるの。その感じだと、シャツの下は、包帯でぐるぐる巻きなってるんじゃない?これとか。」


 右肩に残っている瘡蓋を指した彼女は、ぐっと、三下に顔を近づけた。


「犬の相手だけど、本当に、大丈夫なの?」


 彼女の疑う目に、あたふたと慌てて答える三下。


「も、もちろん、大丈夫だよ。」


 綾夏は、暫く三下を見つめると、息を吐いた。


「無茶はしないでね。」


「それは、大丈夫。」


 そこだけ、すぐに返す三下に、彼女は、もう一度、ため息をついた。


「ん。信用するから。、、ちょっと待ってて、持ってくるから。」


 ふぅ、と、胸をなでおろす三下に背を向け、綾夏は、奥に向かった。




「これが、試供品で、これが、うちで普通につかってるので、これが、傷薬。いい?」


 持ってきた物を並べ、三下が頷くのを見ると、綾夏は、珍しく電卓を取り出して叩き出し、


「もうちょっと待って、計算するから。」


 財布を出した三下に、書類をめくりながら答えた。


「あっ。あのさ」


「大丈夫よ。損はしないから、何しろ、私のお試しに付き合ってもらうんだから、少しはサービスしないとね。はい、こんな感じね。」


「了解。」


 三下が、綾夏が見せた電卓の数字を見てお金を渡し、綾夏は、お釣りを渡した。


「ありがと。」


「こちこそ。」


 綾夏は、並べた品物を、脇から出した袋に入れていった。


 と。


 入れ終わったところで、ポン、と、彼女が胸の前で手を合わせた。


「あっ、と。ついでにシップを貼ってあげるから、腕、こっちに出して。」


「えっ。えーっと。」


「ほら。どうせ、片手じゃあ貼りにくいでしょ。それに、レポートの為にも、早く貼っておいた方がいいしね。さっ。出して。」


「えーっと。それじゃあ、お願い、、します。」


「ん。」


 彼女の勢いに押されて、折れた三下は、慎重に、右腕を前に出す。


「じゃあ、貼っていくから、動かないでね。」


 全く無防備に体を寄せ、慣れた様子で、シップを貼っていく綾夏。

 三下は、目の置き所に困って、明後日の方を見た。




「それにしても、なんか、ちょっとの間で締まってきてるみたいだけど、そんなに効率よく訓練してるの?」


 綾夏が、シップを袋から出しながら、不思議そうに三下を見る。


「えっ。ぜんぜん締まってる実感ないけど?」


 三下も、驚いて、不思議そうに彼女を見た。


「そうなの?でも、気のせいじゃないと思うけど。」


 彼女は、少し下がるようにして腕を眺めると、首を捻った。


「んーー。まぁ、気にしてもしょうがないわね。左も出して。」


「え?」


「左も。当然でしょ、一緒のタイミングでやらないと、評価がおかしくなっちゃうでしょ。」


「それは、そうだけど、、、。」


「さっ。出して。」


 三下は、大人しく、左腕を出した。

 またもや、目のやり場に困って、明後日の方を見る三下は、


「でもさ。」


 と、体を寄せて、手際よくシップを貼っている彼女の声に、慌てて向き直った。


「どんな修行をしてるかは、わからないけど、休むのも重要な修行の一つだからね。」


「あっ。確かに。」


「ん。」


 顔を上げて微笑む彼女に、三下も頬を緩めた。



「さっ。終わったわ。レポート、楽しみにしてるから。」


「ははっ。目一杯頑張るよ。」


「ん。」


「あのぅ。」


 突然、割って入った声に、二人が同時に、母屋の方を見ると、莉子が、姿を見せていた。

 着ている服が、さっきまでのものからかわって、さっぱりした、パンツルックになり、手に、袋をぶら下げていた。

 綾夏が、サッと、莉子に向う。


「調子はどう?痛みはない?」


「何とか。今のところは、、、。」


「そぅ。よかった。」


 ホッ、と、肩を落とす綾夏。


「ありがとうご、、、。」


 クゥ、キュルキュルーー。


 一切を、強引に区切る音が、莉子の腹部から響いた。


「あーーー。」


 頭から湯気が出そうなぐらいに、赤くなって俯く莉子。

 一瞬、言葉を失うも、理解した綾夏は、莉子の肩をそっと叩き、顔を上げさせると、大丈夫、と、ばかりに、ウィンクをした。


「そこに座って待ってて。」


 先程の椅子を指して、綾夏が母屋に消えていく。

 莉子は、言われるままに、椅子に座った。


「きっ、聞こえた?」


 後ろで、気まずそうに鼻先をかいている三下に、顔を向けることなく確認する莉子。


「大丈夫だ。何にも聞いてないよ。」


「バカ。何のこと、でょう。」


 莉子の言葉に、三下は、失敗に気が付く。


「ごっ、ごめん。」


「もぅ。」


 二人は、そのまま黙って、綾夏の帰りを待った。

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