第42話 我妻 莉子 (あがつま りこ) 3

 二人が店を出ると、莉子が、扉に鍵をかけた。


「本当に、体調は大丈夫なんだな。」


 三下は、先を歩く自分に、微妙に足取り悪くついてくる彼女へ確認した。


「大丈夫よ。どこが悪く見えるの。」


 全体的に。


 と、心の中で呟き、三下は、諦めのため息をついた。


「ちょっと、鍵がかかってるんですけど。」


 ギクシャク、トボトボと歩く三下の横を抜けて、車の助手席側に回った彼女が、声を上げる。


「あー。待ってくれ、今開けるよ。」


 運転席に座った三下が、体を伸ばして、助手席側の扉の鍵を開ける。


「なんで鍵が開いてないの?」


 すぐに、扉が開かれ、先に、莉子の声が入ってくる。


「集中ドアロックなんて、最新式の装備は付いてないんだよ。」


 助手席に座ろうとしている彼女を見ながら、三下は、シートベルトをつけた。


「なにそれ。そんな古いの、この車。」


 目を丸くする彼女。


「まぁね。シートベルト、頼むよ。」


「はいはい。」


 カチリと、シートベルトのロックの音を確認して、クラッチを踏んで、ギアをバックに入れる三下。

 少しバックすると、またもやクラッチを踏んで、ギアを一速にいれる。


「ねぇ。マニュアルなの?」


 ギアを二速にしたほどに、莉子が三下を見た。


「そうだけど?」


「へぇーー。凄いじゃない。マニュアル、運転できるんだね。」


 彼女の感嘆の眼差しに、三下は、苦笑した。


「俺が免許を取ったときは、マニュアルが普通だったんだよ。」


「わかるけど。今、マニュアルを運転している人なんて、滅多にいないでしょ。」


「それは、そうだけどさ。」


「凄いじゃない。車はボロいけど。新しいのにしないの?」


「一応、動いてくれてるし、今のところは。」


「私としては、オートマでいいから、新しいのがいいけど。」


 何故か、車の選択権を持っているかのように言ってくる彼女に、はいはい、と、答えながら、三下は、集落に向って車を走らせた。




「ここを曲がれば、すぐに、集落だよ。」


 莉子と、適当な話をしながら、街道を抜けて、集落に向って曲がる交差点に差し掛かったところだった。

 彼女の答えがない為、三下が、助手席側に、あらためて目を向ける。


「う、、、。」


 そこには、下腹部に手をあて、脂汗をかきながら、苦しそうにしている莉子がいた。


「くっ。」


 三下は、一瞬、周りを見回すと、交差点を曲がらずに、車を直進させる。


「ちょっと待ってろ。近くに薬屋がある。頑張ってくれ。」


 かなり急いで、車を走らせる三下。

 少しして、綾夏のいる薬屋の入り口前に車を駐めた三下は、降りて、助手席側の扉を開けた。


「動けるか?」


 どう見ても、動くのは無理そうに見えるが、確認する。


「大丈夫だから、ちょっとすれば、、いっ、、、。」


「ごめん。触るぞ。」


 意を決した三下は、手を伸ばして莉子がつけているシートベルトのロックを外すと、莉子をお姫様抱っこに、抱き上げた。

 バキバキと体が痛むが、何とか振り切り、車の扉を開けたままで、店に飛び込むように入っていく。


「ごめん。彼女が調子悪いみたいで、、、。」


「今、椅子を出すから待って!」


 外の様子を見ていたらしい綾夏が、レジの脇から椅子を引き出していた。


「座らせて。」


 三下が、莉子を椅子に降ろすと、綾夏が、彼女の手を取った。


「大丈夫?」


「つっー、、。あのっ。」


「待って。」


 莉子の口元に、耳を近づける綾夏。


「、、、。」


 聞き取ったらしい綾夏が頷き、三下を見上げる。


「三下さん。車を駐車場に移動して。私は、彼女を母屋に連れてくから。」


「わかった。その、、、。」


「彼女は、大丈夫だから。」


 心配そうな三下に、しっかりと答える綾夏。

 三下は、頷くと、車に向った。


「大丈夫?立てる?」


「なっ、何とか、、、。」


 後ろでは、綾夏と、綾夏に肩を借りて立ち上がった莉子が、母屋に消えていった。




 車を駐車場に駐めた三下は、レジの前で立って待っていた。

 落ち着かないのか、目線がフラフラと泳いでいる。


 カチャ。


 扉の開く音がして、三下が目を向けると、綾夏が扉をくぐってくる。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。その、、ちょっと酷い女の子の日だったみたい。」


 綾夏は、途中で迷うが、そのまま話すことにした。


「そう言うことね。本当に、焦ったよ。調子が悪そうにしてたから、確認はしたんだけど、まさか、酷くなるとは思わなかったからさ。」


 三下は、肩を盛大に下げながら、息を吐いた。

 三下の様子に、綾夏が、クスリ、と笑う。


「それにしても、付き合っているとはいえ、調子が悪いのをわかってて、連れまわすのは良くないと思うけど?」


 続けて、多少、きつめの色をのせた言い方で、三下を見上げる。


「えっ?付き合ってる?誰が?」


 飛び上がるように声を上げる三下。


「えっ?あの子と。夜の子みたいだけど、可愛いし、性格も良さそうで、いいんじゃない?若いし。えっ?付き合ってないの?」


 必死に、首と手を振る三下に、目を丸くする綾夏。


「なっ、なんで、付き合ってる、って、、、。」


 三下は、冷や汗を拭きながら、彼女に確認する。


「えっ、だって、いきなりお姫様抱っこで入ってこれば、普通は、そう思うと思うけど、、、。」


「あーーっ。あれは、その、どう見ても、動けなさそうだったから、仕方なくで、別に、付き合ってるからじゃないから。その、誤解だから。」


「ふーん。」


 見るからに慌てている三下を、横目に見る綾夏。


「じゃあ。なんでこんな時間に、こんな所に?この辺りなんて、見るようなところもないし、普通は来ないでしょ?」


 はっ、と、三下が、意を得たり、と、表情を明るくする。


「あっ、それね。あの子さぁ、町に住んでるんだけど、二回目かな、とにかく、オークとゴブリンに怖い目にあったらしくて、出てないところに引っ越したいとかで、俺がそのぅ、まだ、一回しかでてない、って、話したら、集落を見たい、って、言いだして、、、。」


 一心にまくしたてる三下。

 綾夏は、サクッと、続けた。


「で、あの子の、女の子の日に約束して、連れ出した。」


 更に目を細める彼女に、詰まるも、立て直す三下。


「そっ、それはさー、昨日、電話があって、奉仕品、、、。」


「奉仕品?」


 聞き返す彼女に、三下が、補足をいれる。


「ごめん。あの子なんだけど、昼の仕事があってさ、手芸用品店なんだけど、そこが、奉仕品、って、古いか、デザインが悪いか、とにかく使えない服、ってのを、安くだしてて、それを、譲ってもらってるんだよね。」


「ふーん。それ?」


「そう。」


 三下は、自分が着ている上着に目をやる綾夏に頷く。


「それで、、、。」




 事情を話す三下。




「つまり。あの子の可愛さにつられて、嵌められた、と。」


「前の部分は否定するけど、嵌められたのは事実だよ。」


 多少、誤解はあるものの、理解を得られたことに安堵する三下。


「でも。夜の子とは言え、そんなに簡単に嵌められていいの?」


 冷めた、綾夏の目に、ぎこちない笑みを返す三下。

 綾夏は、少しの間、三下を見やると、ため息をついた。


「まぁ、今回は、無理矢理連れ出したんじゃなければいいわ。そこは流石に譲れないから。」


「それはないから。無理矢理じゃないから。」


 即座に答える三下に、綾夏は、小さく微笑んだ。

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