第41話 我妻 莉子 (あがつま りこ) 2

 三下は、以前と同じように、近くのコンビニで朝食を用意して、手芸用品店の駐車場に車を止めた。

 ちらりと、時計を見る。


 こんなもんか。


 約束の時間の、少し前を、時計は提示していた。


「先に、食べるか。」


 三下は、お茶をカップホルダーに放り込み、用意した朝食を、口に放り込んだ。


 うわっ。辛れ!


 用意した朝食、サンドイッチの袋には、激辛チキンサンドイッチBIG、と、印刷してある。

 眠気覚ましついでに、と、考えたが、辛すぎたようで、三下は、お茶を口に含みながら、ゆっくり食べた。


 コツコツ


 お茶を、カップホルダーにもどしたところで、車の扉を叩かれる。

 振り向くと、我妻 莉子 (あがつま りこ)、彼女が、機嫌よく立っていた。


「おー。悪いね。朝早くから。」


 全開にしてある窓から、サンドイッチを持った手を軽く出して答える三下。

 彼女は、胸を張るようにした。


「感謝してよ。わざわざ、こんな朝早くから三下さんの為に出てきたんだから。」


「あぁ。ありがと。感謝してるよ。」


 大人の対応をする三下

 更に、得意げになった彼女は、急に手を上げて、三下の右手を指した。


「ねぇ、それさ、そこのコンビニで買ったの?」


「そうだけど?」


「ちょっと見せて。」


「?」


 三下は、不思議に思いつつも、サンドイッチを彼女に渡した。


「やっぱり。これ、凄い話題になってて、簡単に買えないやつじゃない。どうやって買ったの?」


 驚き、騒ぎながら、迫る彼女。


「いや。普通に、最後の一個で、ちょっと割引になってたから買ったんだけど、、、。」


「ちょうだい!」


「は?」


 思わず、呆けた顔になる三下。


「ちょうだい。て、言ってるの。それともなに。朝早くから、ご飯も食べずに、誰かさんの為に一生懸命、起きてきた私に渡すのを、嫌だ、って言うの?」


 彼女が、むぅ。と、口を尖らせてくる。


「いや、別に、そっちが嫌じゃなければかまわないけど。」


 三下は、戸惑いながら答えた。


「じゃぁ。ありがと。」


 莉子は、全く、迷う様子もなく、サンドイッチを頬張った。


 が。


 顎を動かし、喉が動くと、サンドイッチを三下に向かって、突き出した。


「何だか、あんまり味がしない。美味しくないから返す。」


 三下は、大きく、目を見開いた。


「おいおい。ちょっとまってよ。」


 まだ車に乗っている為、扉に肘を乗せながら彼女を覗き込む。


「これ。かなり辛いぞ。味がしないなんて、かなりおかしいぞ、大丈夫か?」


「なによ。大丈夫に決まっているでしょ。それより、そっちのお茶ちょうだい。」


 彼女の目線の先に、三下がカップホルダーにおいたお茶がある。


「いいけど。俺が口付けてるぞ。」


 莉子は、不満げに眉をひそめる。


「なによ。私が口付けるのが嫌なの?」


「いゃ。俺はかまわないけどさ。」


「じゃぁ。ちょうだい。」


 三下は、手を出す彼女に、お茶を渡した。

 二口程飲んで、三下に突き出す。


「ありがと。」


「ん。」


 三下は、お茶を彼女から受け取ると、カップホルダーにもどした。


「じゃあ、店、あけるから。」


「あぁ。わかった。」


 歩いていく彼女の後ろで、食べ途中のサンドイッチを袋に入れなおし、車を降りると、三下は、鍵を開けている彼女の方へ急いだ。

 店に入ると、彼女が説明を始める。


「この前、奥から出してもらったでしょ。同じところに新しく来たのが置いてあるから、出して欲しいの。」


「了解だ。」


 と、こちらを眺める彼女の目線に気が付く。


「どうした?」


 莉子は、立ち止まった三下を、上から下まで眺める。


「さっきも思ったけど、動きが変。」


「筋肉痛が酷くてさ、上手く動けないんだよね。」


 眉をひそめ、険しい顔をしながら、もう一度、三下を眺める彼女。


「大きい犬のせい?」


「まぁ。そうだね。」


「全く、いつまでやるの?」


 彼女が、ため息をつきながら、歩き出す。

 三下も、後ろについて、歩き出した。


「いや、ほら、大人の事情があってさ。」


「私。成人してますけど。」


 ちらりとこちらを見る彼女の目線が痛く、反射的に、三下は、謝った。


「ごめん。そう言う意味じゃないんだけど。」


 彼女は、ツン、と、前を向いて歩き出す。


「第一、ハーレムを無視して、犬と戯れるのを選ぶなんて、どう見ても、子供の発想じゃない。」


 慌てて抗議する三下。


「え?ちょっと待って、それはおかしくない?」


 彼女が、ブスッ、と、答える。


「なんですよ。」


「なんでって。」


 続けようとする三下を、手で区切る彼女。


「利発的で、気が利く上に、可愛いい婚約者の姫を無視して、犬と一心不乱に戯れる男の子の、大人バージョン。」


 三下は、盛大に、ため息をついた。


「あのさぁ。それ、かなり無理がある、と、思うんだけどな。」


「私の理解は、それで決定されてるから。」


 すぐに、返してくる。

 三下は、諦めのため息をついた。


「あそこ。前のより、ちょっと重いかもしれないけど。」


 前のより、少し大きめのダンボールが倉庫の隅に置いてあった。


「これなら、大丈夫だよ。」


 ダンボールを抱えて、持ち上げる三下。


 おうぅ。


 筋肉痛と、筋の痛みが重なり、ピシッと、全身から音が聞こえた気がした三下だが、何とか顔には出さずに耐えきる。


「動きが、更に、変になってるけど。」


 あっさり見透かされ、落ち込む三下は、彼女に続いて、倉庫を出た。


「お客がくるわけじゃないから、そこでわけてもいいわ。」


「わかった。」


 三下は、奉仕品、と、書かれた貼り紙の下にダンボールを置くと、蓋を開け始めた。


「これ。」


「ありがと。」


 三下が、莉子が持ってきた買い物籠を受け取り、選別を始めると、疲れた様子で椅子に座る彼女が見えた。


「本当に、大丈夫なのか?かなり疲れてるように見えるけど。」


 ピクリ、と、小さく反応して、三下を見る。


「大丈夫よ。それより、私、今日、休みなの。」


 微妙に口を尖らせながら、休みを強調する莉子。


「あぁ。ほんと、悪いね。」


 三下の視界の隅で、数回、頷く彼女。


「でさ、丁度いいと思わない?前の約束を果たしてもらうのに。」


「え?約束?」


 莉子の機嫌が、瞬時に悪くなる。


「三下さんが住んでる集落の見学。」


 三下は、思い出すが、


「約束したんだっけ。」


 と、答えると、彼女が、三白眼でにらんでくる。


「いいの。それとも、休みなのに、朝早くからご飯も食べずに、誰かさんの為に一生懸命、起きてきた私の頼みを断るの?」


 流石に、三下も気が付いた。


 嵌められた。


「それで?どうするの?」


 項垂れる三下に、とどめを刺す莉子。


「はいはい。今回は負けにしとくよ。」


 彼女は、一気に、機嫌が回復した。


「悪いわね。」


 三下のため息が重なっていた。

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