第40話 我妻 莉子 (あがつま りこ) 1

 ギクシャクと部屋に戻った三下は、棚から新しいシップを持ち出すと、座卓の前に座った。


「ふぅーー。」


 一息入れ、上着などを脱ぐと、ぬるくなったシップを貼りなおしていく。


「俺、そこまで運動不足なのかね。」


 数回、全力で走っただけで、かなりのボロボロ具合に、ため息を一つついた。


 筋肉痛と筋の痛みと、筋が張っているおかげで、重い体をギクシャクと動かし、もうすぐ終わりで、いい加減、痛みなどで、頭がボンヤリしてきた時、三下の携帯が鳴り響いた。

 三下は、営業の時の癖で、確認することなく電話に出た。


「はい。もしもし?」


「あっ!やっと出た。何で出ないの?て、言うか、何で電源が入ってないの?!」


「?」


 突然、若い女性の声が怒りをぶちまけ、驚きで目が覚めた三下は、一瞬、携帯の表示を確認する。


 名前はでてない。


「ちょっと、聞いてるの?!」


 確認する間を、無視と見たのか、更に声を大きくする女性。

 三下は、慌てて答えた。


「あっ。ごめん。聞いてるけど、間違いじゃないかな?」


「えっ?」


 間が開く。


「間違ってないわ。もしかして、私の番号、登録してないの?名刺を財布に押し込んだでしょ!」


 更に、大きな声。


 げ!


 刹那に、女性が誰かを理解した三下は、とにかく、謝るを選択した。


「ごめん。ごめん。確認しないで出たから、わからなかったんだ。ごめん。ごめん。」


「ほんと?!」


「本当だって。ほんと。ごめん。ごめん。」


 疑う声に、とにかく、謝る三下


「じゃあ、さっきの間はなに?携帯、確認したんじゃないの?」


「あっ。えっと。急いで出たから、荷物をひっくり返してさ、そっちに気が、、、。」


 むぅ。と、言いたげな鼻息が聞こえ、


「じゃあ、何で、電源切ってるの?」


「いや、ほら、癖の悪い犬に刺激を与えない為に、、、、。」


「ミュートで、バイブを切っとけばいいでしょ。」


「んと、電源の方が確実でさ。ほら。設定だと間違えそうでさ、、、。」


「、、、。」


 黙る彼女の隙をついて、話題をかえる三下


「あーっと。何で、電話してくれたのかな?」


 彼女は、まだ何か言いたげな間をおいて、話し出した。


「奉仕品。新しいのが届いたの。この前、だいぶ持って行ったでしょ。もしかして、欲しいんじゃないかと思って。」


 話題を変更できたことに、ホッとしながら、不満そうな声を出している彼女の機嫌を取ろうと、明るめで、少し大げさに答える三下


「おーー。そりゃあ、助かるよ。明日の朝でいい?もらいに行くよ。」


 彼女の雰囲気が、ふっ、と、不満ではなく、よしっ、と、言いたげに切り替わる。


「私。明日は休みなの。」


「おっ、そうなの。じゃあ、明後日でいいよ、朝、、、。」

 

「聞いて。」


 いらいらと、ハッキリ、三下の言葉を区切る彼女

 三下は、何事、と、停止。


「とにかく、私は、明日は休み。」


 同意を待つような感じに、頷く三下


「おっ。おう。」


「でも、三下さんは、奉仕品、欲しいでしょ。」


「そうだね。助かる。」


 彼女の電話の向こうの雰囲気が、ドヤ顔調になって、


「でしょ。だから、仕方がないから、お店が開く前に渡してあげる。」


「、、、。」


「ね!」


 嫌な予感に黙る三下へ、彼女が追い打ちをかけるも、頑張る三下。


「えーっと。そこまで急いでないから、明後日でも、、、。」


「もう一度。言うけど。」


 冷たい一言で、凍るかと思った三下は、再び、黙った。


「私、明日は休みなの。でも、三下さんは、奉仕品が欲しい。で、仕方がないから、明日、わざわざ私がお店が開く前にお店に行って、渡してあげる。わかった?」


 三下は、嫌な予感がしながらも、そこまでこだわることもない為、正解を選ぶことにした。


「はぁ。了解した。」


「じゃあ。そうゆうことで。」


 勝ったとばかりに、嬉しそうにする彼女に、三下は、ため息を、ばれないように、そっとついた。


「あっ。そうそう。私の携帯番号、登録してあるかちゃんと確認するからね。」


 三下は、もう一つ、ため息をつきながら答えた。


「あぁ。ちゃんと登録しとくよ。」


「、、、。やっぱり、登録してないじゃない。」


「へ?」


 一変して、どすの利いた声に、意味がわからず、返す三下。


「だって。登録してあったら、大丈夫。登録してあるよ。でしょ。登録してないから、登録しておくよ。に、なるんじゃない。」


「、、、。ごめん。」


「ふぅ。まぁいいわ。その代わり、明日は絶対だからね。」


 あっさり認めて、謝る三下に、念を押す彼女。


「了解だ。どのくらい早く行けばいい?」


「そうね。三十分ぐらいかかるかな?」


「いや。それなら、十五分もあれば、、、。」


「三十分はかかると思うけど、お店が開く前に確実に終わりたいから、一時間前ね。わかった?」


「了解。一時間前ね。」


「番号も確認するから。」


「おぅ。」


「じゃぁ。明日。忘れないでね。」


「大丈夫だ。」


「忘れたら、怒るからね。」


 切れる回線。

 切れたように、座卓にうつ伏せになる三下。


「おっと。登録しないと。」


 そのまま登録すればいいのだが、念のために、財布をひっくり返して、名刺を取り出す。


 源氏名、リコだけど、そのままなんだ。


 名刺には 我妻 莉子(あがつま りこ)と、印刷してあった。

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