第39話 首相官邸 7

「部隊長の、最初の診察結果がでました。」


 いつものように、栗夫の前に立って報告する次官の一声目だった。


「どうなんだ。やっぱり早いのか?」


 回復が抜けているが、他の意味はない為、次官は、頷いた。


「はっきりとは断言できないようですが、早いようだ、と、報告されています。次の診察で、決定になると思われます。」


 栗夫は、テーブルの上に肘をつくと、両手を組んだ。


「いいな。悪くない。銃は、どうなりそうだ?」


「今のところ、開発部署からは、検討中、と、答えがきているだけで、期間は不明です。」


「そんなに難しい仕様なのか?」


「わかりませんが、射程、五メートル、貫通しない、連射、と、言う要望だったようです。」


 栗夫が、驚いたように顔を上げた。


「射程、五メートル?長くするわけでなく?おもちゃの銃だな。」


 次官は、浅く苦笑した。


「私も、何度か確認しましたが、間違いないようです。まぁ、戦闘している本人ではない為、何とも言えないですね。」


 盛大に、ため息をつく栗夫。


「本当に、大丈夫なのか?」


 次官は、報告書を片手に、軽く両腕を広げる。


「少なくとも、ダンジョンの大きさから、長くするのに意味はなさそうですので、、、。」


「確かに、幅はあまりないからな。」


 少し考えるように俯いた栗夫は、諦めたため息をつき、顔を上げた。


「やってもらうしかないな。確か、盾もあったが、そっちはどうだ?」


「そちらは、盾代わりにしたバッグの強度がハッキリしていますので、どこまで軽くできるか、ぐらいのようです。」


「なるべく安く、やってもらいたいものだな。」


 次官は、答えず、肩を窄めた。



「次に、クリスタルですが、入手したものは全て使用してしまったので、進展は全くありません。」


 機械的に報告書を読み上げ、次に行こうとした次官に、栗夫が手を上げた。


「それだが。スライムや、ゴブリンなら、彼がいなくても大丈夫なんじゃないか?」


「多分、大丈夫だと思われますが、正直に言って、コスト的には微妙ですね。」


 栗夫が、首を振る次官に、不満そうに目を細める。


「そんなにかかるのか?」


「何しろ、弾は、そんなに安くないですよ。」


「スライムなら、弾を使わなくても倒せるだろ。ゴブリンだって、金属バットで、三、四人で囲めば。」


 苦笑しつつ、肩を窄める次官に、栗夫は、口を尖らせた。


「それは、可能だと思います。ただ、自衛隊を動かすなら、彼に指揮を任せて、渋谷のダンジョンを攻略した方が、圧倒的なのは間違いないですね。」


 栗夫は、大きく、息を吐き、額に手をあてた。


 と。


 サッと、顔を上げて、次官を見た。


「民間にやらせるのはどうだ?」


「は?」


 驚愕に目をも開く次官。


「だから、クリスタルを国が買い取ることにして、民間に協力してもらうのはどうだ?」


 得意顔の栗夫に、次官は、多少、時間をかけて考えると、ポケットからハンカチを出して吹き出る汗を拭きとり、慎重に答えた。


「国民を、意図的に危険に晒すことになりますが?」


「確かに、危険だが、スライムや、ゴブリンなら、そこまでの危険は無いと思えるし、、、。」


 と、言葉を切って、考える栗夫。

 少しして、再び、口を開いた。


「そうだ。レベルだ。」


「レベルですか?」


「そうだ。自衛隊の隊員か、民間人かは関係なく上がるはずだ。」


「それは、そうかと思いますが、、、。」


「そうだ。最初は確かに危険だが、上手くレベルを上げれる者がでてくれば、民間人の中に、オークを倒せるぐらいにレベルが上がる者がでてくる可能性がある。」


「確かに、可能性はゼロではないでしょうが、、、、。」


「考えてみてくれ。現状の自衛隊では、無作為に現れるオークとゴブリンに対処するのは、かなり大変だ。これからも、そうは変わらないか、厳しくなっていくだろう。」


「それは、そうですね。」


 渋い表情ながらも、現状はあっている為、同意する次官。


「そこに、民間の協力が得られる可能性が加わる訳だ。確かに、危険は付きまとうが、相手は神だ、自衛隊か、民間か、は関係なく、協力する必要があると思わないか?」


「それは、、、。」


 黙る次官に向って、栗夫は、ニヤリと笑った。


「とりあえず、クリスタルの引き取り価格を考えてくれ。」


「、、、。わかりました。」


 嬉しそうにしている栗夫に、次官は、ゆっくりと頷いた。




 

 


「相変わらずですね。」


 剛機が声に気が付くと、先日と全く同じにように、目の前に看護師が仁王立ちしていた。


「あ、、。」

 

 我に返った剛機が、看護師を見上げる。

 先日通り、彼女は、かなり、怒り心頭状態だ。


「あー。一応、許可はもらっているのだが、、、。」


 ふぅ。と、ため息をつく看護師。


「許可は知っています。ですが、今日は、診察日です。」


「あ、、、、。」


 直後に、すまなそうにする剛機。


「すまない。完全に忘れていた。」


「時間が近くなっても、診察室の前に来ないので、多分、ここだろうと、先に来ました。先生がお待ちです。急いでください。」


「わかった。本当に、すまない。」


 急いで立ち上がろうとする剛機に、スッと、場所をあけた彼女は、剛機が手にしていたダンベルを戻すのを確認すると、前を歩き出す。

 移動して、いくつもある診察室の一つの前につくと、彼女が振り返った。


「ここで待っていてください。」


「わかった。」


 剛機は、横の壁に背中を預けた。





「相変わらずのようですね。」


 ニッ、と、笑った彼女は、面白そうに、剛機に目を向けた。


「本当に、すまない。完全に忘れていた。」


「いいですよ。毎日のように外出許可を出している側としては、病院内にいてくれただけで助かりますから。」


 幅のない肩を、更に窄めて、ウィンクでもするかのように、彼女は笑った。


「では、傷の方を見せてもらっても?」


「あぁ。わかった。」


 頷き、剛機が上着を脱ぎ始めると、彼女は、横にいる看護師を見て頷いた。

 看護師は頷くと、剛機が脱いだ上着を受け取り、かごに入れると、彼の包帯をはずし始めた。





「それにしても、本当に、ちょっと、驚くほどの回復具合ですね。結構深い傷だったんですけど、これなら、次には抜糸でもいいと思います。」


 先日と同じく、傷口を念入りに確認した彼女は、感心した様子で、キーを叩く。


「それは、次には退院できると。」


「そうですね。こちら側には、豪氏さんを拘束する、主な理由がなくなりますので、退院になりますね。」


 彼女は、キーを叩きつつ、チラリと剛機を見ると、またも、面白そうに笑った。


「大体の方が、退院と聞くと嬉しそうにしますが、豪氏さんも、本当に、嬉しそうにしますね。」


「そっ、そうか。すまない。」


「謝ることではないですよ。それより、次の診察は、抜糸を伴いますので、忘れないようにしてくださいね。」

 

「わかった。しっかりと覚えておく。」

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