第35話 スナック 黄昏
ダンジョンから戻った三下は、一休みすると、車に乗り、金物屋に向かった。
車を店の前に止め、入っていく三下。
「おーい。来たぞー。」
レジの奥に向って呼びかける。
少しして、亭主が現れる。
「行くか。」
「あぁ。」
二人は車に乗ると、扉を閉めた。
「他には?」
三下が、ギアを入れながら、亭主の方を見る。
「いゃ。今日は誰もいない。」
軽く、頭を振る亭主
「珍しいな。」
「忙しいんだろ。」
三下は、車をスタートさせる。
「いつものラーメン屋でいいだろ。」
「いゃ。ママのところに行こう。」
三下が、渋い顔をする。
「できれば、ラーメン屋の方がいいんだけどな。」
「安全靴のことだろ。今回は、ママのところに行くので、チャラにしといてやるよ。」
「それなら、いいけどな。」
三下は、ちらりと、助手席に座る亭主を見た。
「それにしても、ママのところに行きたがるってことは、嫁さんと喧嘩でもしたのか?」
彼は、自分の嫁と喧嘩をすると、よく、ママのところに行きたがったのだ。
顔を背け、外を眺めながら、亭主が答えた。
「娘の方が、可愛いだとさ。」
答えを適当にまとめる三下。
「つまり。嫁さんが、可愛い娘ばかりをかまって、無視してくるから、むくれてる。と。」
ふん。と、鼻息荒く答える亭主。
三下が、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、亭主を見る。
「なんだよ。」
「相変わらずだな。」
「うるさい。」
「まぁでも、俺も多分。子供に嫁を取られたくない方だと思うから、わかるは、わかるんだよな。」
もう一度、ふん。と、鼻息荒く亭主が答えた。
駐車場に車を止め、二人が車を降りる。
亭主は、黄昏、と、看板の掛かった店の扉を押し開けた。
「いらっしゃーい!」
ママの、少し艶がかった声が、二人に投げかけられる。
「久しぶり。」
亭主は、カウンターの真ん中に立っているママに、声をかけた。
「お久しぶりね。今日も痴話げんか?」
ママは、小さく微笑みながら、作業の手を止めて、亭主を見た。
「いゃ。喧嘩ではないんだけど。」
亭主の一言に、大げさに目を丸くするママ。
「珍しいじゃない。もしかして、キャハハ、ウフフ、な話?」
「いゃ、どちらかと言えば、いつもの何だけど。」
「もぅ。いつも犬も食わない話ばかり聞かされてるんですけど。」
「まぁ、まぁ。そう言わないで頼むよ。」
「はいはい。」
適当に亭主に答えつつ、店の奥に亭主を促すママは、途中、三下を見ると頷いた。
三下は、頷き返すと、店の入り口に一番近いカウンター席へ腰かけた。
「こんばんは。」
ママの隣にいた、もう一人の若い女性が、三下の前に立っていた。
「えっと。初めてだよね。」
「はい。数日前からです。お飲み物は何にします?」
慣れた微笑みで、答える彼女。
「一応、運転手だからさ、烏龍茶で。」
「はーい。、、あのう。一応、知ってると思いますけど、代行、頼めますよ。」
「ごめん。実は、あんまり飲めないだわ。」
「あっ、そうなんですね。すいません。」
そして、慣れた手つきで、カウンターに烏龍茶の入ったグラスを置いた。
「いいんだけど、慣れてるよね。ここが初めてじゃないよね。」
彼女は、少し、渋い顔をする。
「あっ、はい。前の店、あれのせいで、ママが急に店をたたんで実家に戻ってしまって。」
「あれ?」
「オークとゴブリンですね。」
「あぁ。それは大変だったね。君は大丈夫なの?」
彼女の表情が、苦笑へとかわる。
「私はまだ、そこまで怖い目は見ていないので、それに、私、ここが地元なんです。実家に住んでますし。簡単に転居はできないです。」
「そっか。すまないね。変な事を聞いちゃって。」
本気ですまなそうにする三下に、彼女は、慌てて首を振った。
「いえ。大丈夫ですよ。何度か聞かれてますし、話題の一つですから。」
「本当に、慣れてるね。」
「あはは、実は、結構長くやってますんで。」
「へえー、そうなんだ。あっ、と、でさ。その転居の話だけど、多いの?」
この店に来たのも、根本は、オークやゴブリンのことで、娘が返ってきたことによる、転居がらみの為、確認しておきたかったのだ。
「多いと言うか。過疎とかで、あれがまだ出ていなさそうな村とか役場とかは、問い合わせの電話がひっきりなし、て、ニュースでやってますね。」
流石に、彼女は話題の収集もしっかりしているようだった。
「ふーん。最近忙しくて、テレビもネットも見てないからな、知らなかったよ。」
彼女が、驚いて、三下を眺めた。
「えぇっ。最近は、皆さん仕事そっちのけでそんなことをしている話ばっかりなんで。えっと、流石と言うべきなんでしょうか。凄いですね。よっぽど仕事が好きなんですね。」
三下は、思いっきり、すまなそうに下を向いた。
「ごめん。仕事、ちょっと前に辞めたんだわ。」
「あっ!」
あからさまに目が泳ぎだす彼女。
三下は、軽く手を上げて、彼女を落ち着かせた。
「大丈夫だよ。何とも思ってないから。」
「すいません。でも、忙しい、って言うのは、、。」
彼女は、至極当然な疑問を浮かべた。
「いや、ちょっと、手癖のかなり悪い大型犬の相手をしていてさ、毎日生傷が絶えなくて、本当に、大変なんだわ。」
「何だが、かなり危ない話に聞こえるんですけど、、。」
彼女は、片手の人差し指をこめかみに当て、呆れたようにしている。
「まぁ、いろいろあってね。あんまり詳しく聞かないでくれると助かる。」
苦笑交じりに、肩を窄める三下に、彼女が、軽く頷く。
「でも、これから先、どうなるんでしょうね。」
サラッと、話題を変える彼女。
「んー。まぁ、良くなることはないだろうな。」
「やっぱり。そうですよね。他の皆が、やる気がなくなるのがわかるんですよね。何かいい方法ないんですかね。」
ため息をつく彼女。
三下も、ため息を一つ。
「なんだ。その、修行とか。」
彼女は、少し、止まって、聞こえた内容を理解しようとする
「えぇっと。不思議な答えですね。」
「そっ、そうかな。」
「そうですよー。だって、悪くなっていくのにどんな修行をするんですか?」
答えようとして、言葉に詰まる三下は、一瞬、間をおくと、答えた。
「あーっと、気の持ちよう、て言うか、考え方次第、て、感じかな。」
「、、、。それなら、わからないこともないですけど、、、。」
誤魔化し気味に笑う三下を見て、大きく息を吐くと、彼女は続けた。
「悲観的に考えるよりかは、無理やりでも、その方がいいですね。」
肩を窄めて見せた後、三下のグラスに目を向けた。
「同じのでいいです?」
三下のグラスは、殆ど氷だけになっていた。
「いや。確か、辛口のジンジャーエールって、あったよね。」
彼女は、ぽん、と、手を打つかのように笑顔になった。
「あっ。ありますよ、ちょっと待ってくださいね。」
妙に嬉しそうにしながら、いそいそとジンジャーエールを用意する彼女。
「どーぞ。」
三下の前にグラスを置く。
「ありがと。」
彼女は、かなりの上機嫌で、とりあえずグラスに口をつける三下を眺めると、人差し指を、唇に軽く当てた。
「それー。いいですよね。私も、かなり気に入ってるんですよねーー。」
ちょっと可愛く、ちょっと甘えた言い方。
三下は、急に雰囲気が変わったことに驚くも、たった一つの答えを言った。
「君も、一杯どうぞ。」
正解。と、満面の笑みになる彼女。
「ありがとうございます。」
嬉しそうに、自分のジンジャーエールを用意する彼女。
、、、。勝てん。
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