第33話 修行に明け暮れる 7 (準備)

 部屋に着いた三下は、リュックの中を片付けると、車のキーを手にし、再び部屋を出ようとしたが、慌てて戻ってくる。


「とっ。これを忘れたら意味がないな。」 


 PCについていた、メモリーを取り外す。それには、何とか書いた、綾夏に頼まれていたレポートが入っていた。

 時間は、昼を少し過ぎた程、三下は、ゆっくりと車を走らせた。


 二層目のボスゴブリンとの戦闘が、頭をよぎっていく。

 遅いとはいえ、ゴブリン自身が攻撃を受けても、無視して攻撃を返してくることは、三下にしてみれば、常にカウンター攻撃が返ってくることになる。

 それは、常に相打ちになる可能性が高い、と、言えた。


「しかも、変化がないんだよなぁ。」


 相打ちになれば、その度に、こちらは疲れ、鈍くなっていくが、あちらは変化がない、疲れる様子も、鈍くなる様子もない。


 急ぎ過ぎたのはあるけど、それを差し引いても、速さが足りないぜ。


 つまりは、カウンター攻撃を受ける前に、離れることが出来ればいい。


「さて、どうする?」


 三下は、ゆっくりと車を走らせた。

 程なくして薬屋に着いた三下は、呆けたまま、車を降りると、店に入っていった。


「あっ。いらっしゃい。」


 綾夏の声に、我に返った三下は、彼女のいるレジへ歩き出した。


「調子はどう?」


 定番の話題に、上を見るようにして考える三下。


「ん。微妙ってとこかな。」


 驚いたような顔から、少し表情を曇らせる彼女。


「えっ。珍しいじゃない。そう言えば、足の怪我は大丈夫なの?」


 流石に、さっき、また怪我をした、とは言えない為、三下は、空元気で答えた。


「大丈夫。大丈夫。全くよくなってるよ。」


「本当?」


 覗き込んでくる彼女に、思考を読まれているように感じた三下は、更に空元気を強調した。


「本当、ホント。なんなら、前より倍に早く走れそうだよ。」


 明らかに疑っている目をしながらも、それ以上は無理だと思ったのか、彼女は、ため息をついた。


「まぁ。いいけど。とりあえず、引っ掻いてくるような犬の相手は、辞めるのをお勧めするからね。」


 ちょっと、おかんの貫禄を出しながら言ってくる彼女に、三下は、誤魔化すように空笑いで返す。


「それと、早く走るつもりなら、しっかりしたところをお勧めするわ。」


「しっかりしたところ?」


「グランドとか。転倒事故って、結構多いのよ。道路とか、林道とかって、早く走るのには危ないでしょ。」


 心配してくる彼女に、何とか上手く答えようとする三下。


「そうだね。まぁ、でも、そこまで早く、、、、。」


 突然黙る三下。


「??。どうしたの?」


 綾夏は、不思議そうに顔を突き出して、三下を見る。


 三下は、突然目の前に来た彼女の顔に、飛び上がった。


「あっ。とっ。何でもない、そう言う場所って、近くに無いなーっと。」


 綾夏も、そう言えば、と、顎に手をあてる。


「そういわれると、無いわねー。」


「とりあえず。その辺は適当にやっとくよ。」


「怪我はしないでね。」


「気を付けます。」


「ん。それで今日は?」


 納得したらしい彼女が、次を促してくる。

 三下は、要件を、一瞬思い出せずに考えてしまうが、何とか引っかかった。


「えぇー、と。そうそう。遅くなったけど、シップのレポート書いたから持ってきた。」


「えっ。ありがと。大丈夫。遅くないよ。思ったよりかなり早いよ。」


 嬉しそうにこちらを見る綾夏に、三下は、渋面をつくった。


「それなら、いいんだけど。たださぁ。」


「うん。なぁに?」


「いや、ほら、シップ。普段あまり使わないから、対比するのがない状態で適当に書いてるから、何か、変な感じにできてるんだよね。」


「あっ。そう言うことね。それなら、うちで一番使ってるのも試してみたら?ちょっと待って、持ってくるから。」


 そう言って、サッと踵を返す彼女。


「そうそう。サンプルのはまだあるの?」


 と、すぐに止まって、三下を見る。


「えっと。もうほとんどないかな。」


 思いもよらない展開に、ついていってない三下は、とにかく答える。


「じゃぁ、それも持ってくるね。」


 綾夏は、あっという間に奥へ消えていく。


「あっ。うん。」


 三下は、だいぶ遅れて、彼女が消えた奥へ向かって、答えた。



「こっちが、うちで一番でてるので、こっちが、前のサンプルね。数は、前の半分ずつ。」


 レジの脇に並べながら説明する彼女。


「わかった。でー、、。」


「大丈夫よ。日にちはあるから、右半身、左半身で分けて使うと、面白いかもね。」


 三下は、機嫌よく話す彼女にあわせて、笑ってみせる。


「あはは。確かにそれ、わかりやすそうだね。」


「ね。」


 さらに機嫌よく微笑み、彼女は、取り出した、少し大きい目の袋にシップを入れていく。


「いくら?」


 三下の問いに、ため息をついた綾夏の表情が、突然、真剣なものになる。


「その前に。また、怪我してるでしょ。」


「、、、、。」


 ゆっくりと息を吐き、綾夏は、綺麗に整った鼻の先を、指差す。


「匂い。傷薬とかのね。」


 三下は、肩を窄めてみせる。


「鼻が、もの凄くいいんだね。」


 彼女も、同じ様に、肩を窄めた。


「そういう訳じゃないけど、仕事上、匂いで判断すること多いのよね。」


「そ、そうなんだ。」


「ん。で。そのね。事情があって、しょっちゅう怪我をするようなことをやってるのはわかるから、どうしてもやめろとは言わないけど、無理はしないで。」


「それは、大丈夫。約束するよ。」


 まぁ。今日、いきなり無理して危なかったけど。


 少し前の無理を反省しつつ、今からの約束だし、と、答えた三下に、安心したのか、目元を緩める綾夏。


「ん。あっ。傷薬はまだある?ついでにまとめて割り引くけど?」


「助かるよ。」


「そう思って、これね。」


 綾夏は、先程に既に用意していたらしく、出した傷薬を袋に入れた。

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