第25話 修行に明け暮れる 5 (準備編)

 三下は、金物屋に入ると、奥のレジへ向かった。


「お疲れさん。あれっ?」


 三下は、目を疑った。

 レジには、いつもの亭主ではなく、若い女性がいたからだ。


「あっ。いらっしゃいませ、えっと、何をお探しですか?」


 レジの準備をしていた手を止めて、コンビニっぽい笑顔をつくった彼女は、短めの髪で、肩幅はないものの快活そうな感じだった。


「えーっ。安全靴がないかと思ってきたんですけど、ありますかね?」


 一応、外様な対応をする三下。


「安全靴ですね。ちょっと、待ってください。」


 彼女は、くるりと背を向けると、店舗と母屋を区切っている扉を開け、頭を突っ込んだ。


「とーさん!ちょっとー。安全靴ってどごー?」


 見た目のイメージより、かなり大きな声で叫んだ彼女は、少し、その状態で止まると、レジへ戻ってきた。


「すいません。もうちょっと待ってください。」

 

「はい、はい。」


 娘ね。


 三下が、レジの準備に戻った彼女を眺めていると、後ろの扉が開いた。


「何が、どこだって。と、あんたか。」


 亭主は、レジの向こうで軽く手を上げた三下に気が付くと、自分も、軽く手を上げた。


「あっ。お父さん、この方、安全靴を。」


「わかった。レジをやっとけ。こっちだ。」


 レジを出て歩き出す亭主に、三下もついていく。


「娘さん、町で就職したんじゃないのか?」


 後ろからの三下の問いに、亭主は、顔を半分だけ後ろに向けて、肩を窄めた。


「した。ところが、急に日本から手を引くことになったとかで、事務所ごとなくなったらしい。外資系は本当にいかんな。」


「そりゃあ、やられたな。けど、外資系でも日本だろ、そんなことあるのかね。」


「まぁ。ん、なことになったのもあるとは思うけどな。」


「ん、なこと?」

 

「神の啓示だろーが。」


「はいはい。そーかもな。」


 話しながら店の奥に歩いていく二人。


「でも、町で仕事は探さなかったのか?」


「そのつもりだったみたいだが、あれがまだ一度しか出ていない、と、言ったら、あっさり戻る気になって、昨日、連れてきた。」


「あれ?あー、あれね。」


 三下は、何とか、あれ、が、オークとゴブリンを指すことに気が付く。


「あぁ。それより、お前さん。最近、通りを変な時間に歩いているとか聞いたぞ、どうしたんだ?」


「俺?」


「お前さんだ。」


 いきなり自分の話題に切り替わり、ついていけなかった三下が、自分を指さし、亭主は、呆れたように頷いた。


「仕事はどうした。辞めたのか。」


 三下は、ため息をついた。


「いろいろあってな。」


「わからんでもないが、大丈夫なのか?」


 二人は、店の一番奥まで来たところで、ひそひそと話を始めていた。


「一応、な。」


「まっ、お前さんは一人身だし、そぅ、心配する必要もないだろうけどな。」


「それについては認める。確かに気楽だよ。」


「正直、たまに羨ましいぜ。俺もお前さんみたいにやりたかったよ。」


 苦笑しながら、腕を組んだ亭主に、三下は、埃でも払うかのように手を振った。


「おいおい。常に思うんじゃなくて、たまに思うだけなんだろ。十分だろ。それに、家族がいたことで、できたことだってあるだろうしな。」


 亭主は、腕を組んだ状態で、天井を見ながら黙った。


「確かに。」


 ポツリと呟く。


「そぅだろ。こちらとら、一人だから、全部自分でやらないといかんし、一人以上のことはできない。」


「お前さんが、自分で選んだ訳だしな。」


 いつもの亭主らしい笑みを浮かべると、彼は、棚に手を入れた。


「安全靴だったな。」


「そっ。あるのか?」


「ん。そのかわり、樹脂のになるぞ。こいつだ。」


 埃の被った箱を、三下に渡す亭主。

 三下は、迷わず箱を開いた。


「白か。」


 中には、クリームホワイトで、見た目は普通のランニングシューズに見える安全靴が入っていた。


「それで、何で通りを歩いていたんだ?」


「ん。ちょっとデカい犬の相手をすることになってな、体力がいるもんで、走ってるんだ。」


「なんだそりゃ。大丈夫かよ、犬の相手なんて。」


「今のところは大丈夫だ。それより、二つ上のサイズのはあるか?」


「二つか、確かあるはずだ。」


 亭主は、再び棚に手を入れ、埃を舞い上げる。


「こいつだ。」


 もう少し、埃が増えた箱を受け取る三下。


「サンキュ。いくらになる?」


「そのサイズだと、値段が違うかもしれない。レジで確認してくれ。」


「わかった。」


「で。どうだ、久しぶりに飲みに行かないか?」


 レジに戻りながら、飲むような動作をする亭主。


「おっ。いいね。いつにする?」


「電話できるか?」


「んー。昼間は電源落としてるからなー。」


「なんだそりゃ。」


「いゃ。犬を刺激するとめんどくさいから。」


「本当に、大丈夫なんだろうな。それ。」


「まぁな。」


 軽く、無意味に親指を上げて決める三下に、亭主は、ため息をついた。


「夜は?」


「疲れて寝てる。と、思う。」


「メールするよ。ちゃんと見ろよ。」


「了解。」


 亭主は、片手を上げ、レジの後ろに入り、三下は、前にまわった。


「こちらでいいですか?」


「あぁ。よろしく。」


 外様な対応から、地になった三下。

 彼女は、それを気にする様子もなく、バーコードを読ませようとする。


「あれ?」


 どうやら、上手く読めないらしく、何度も手を動かしている。


「ちょっといい?」


 原因に気が付いた三下は、彼女に声を掛けた。


「あっ。ごめんなさい。今、呼んできますので。」


「まって。いいから。」


 三下は、慌てて母屋に行こうとした彼女を止めると、バーコードを、手で拭った。


「あっ。」


「埃で上手く読めなかっただけだと思うよ。これでやってみて。」


「はっ、はい。」


 ピッ、と、読み取り音が鳴る。


「いいみたいだね。」


「ありがとうございます。」


「いくらになるのかな?」


 財布を出そうと、三下がポケットに手をやると、彼女も、ポケットに手をやった。


「これを。」


 手に、綺麗な白いハンカチを持って、三下に差し出してくる。


「?」


 三下は、意味がわからず、彼女を見た。


「あの。手に付いた埃を。」


 確かに、三下の手に、さっきの埃が、汗と混じって黒く残っている。


「いいよ。いいよ。このくらい。」


「でも。」


 それでも、心配そうにハンカチをわたそうとする彼女に、三下は、苦笑しながら、申し訳なさそうに口を開いた。


「ごめん。あのさ、多分、この汚れがそのハンカチに付いたら、洗っても綺麗に落ちずに、染みになると思うんだよね。」


「え。」


 固まる彼女。


「まぁ。そういうことだから、気にしなくてもいいよ。」


 と、彼女が、いきなり背を向け走りです。


「ちょっと待っててください。」


 一言残して。



 少しして戻ってきた彼女は、手に、濡れたタオルを持っていた。


「あの。これで、、。」


 流石に、これを断るのは悪いだろうと、素直に受け取る三下。


「ありがと。」


「いえ。すいません、時間がかかっちゃって。」


「いいよ。このぐらい、そんなに急ぐ用事もないしね。それで、いくらになるのかな。」


 彼女は、レジの数字を睨むように見ながら答えた。


「もうちょとだけ。頑張って値引きますので、、。」


「え?ちょっと待って、それ、勝手にやったらマズいんじゃない。怒られるよ。」


 多分、俺が。


「大丈夫です。原価は割らないようにしますので、、、。」


 最後の一言を飲み込んだ三下は、から笑いをしながら、亭主と飲みに行くときは、奢ることが確定、と、確信したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る