第21話 どこかの試験機関
トレーの中央で、クリスタルが小さく輝いていた。
「小さいな。」
「しかも、これ一つしか渡されてないですよ。」
年配の男が、顔をしかめた。
「おいおい。天下りの副社長が、成績の為に引き受けたのがバレバレじゃねーか。」
スーツを着た、営業らしい若い男が肩を窄める。
「仕方ないですよ。これで何とかやってください。」
年配の男は、沈痛に眉を寄せ、額に指を押し付けながら、ため息をついた。
「やるのは構わないが、一回だけだぞ、壊すんだから。まともな値は出ないぞ。お前もわかってるだろーが。」
「勘弁してください。僕は引き取りに行っただけで、詳しくは知らないんですから。」
泣きそうな声を上げる若い男に、年配の男が浅く舌打ちをする。
「本当か?」
睨むように詰め寄る。
「はっ、はい。本当に、引き取りに行っただけなんです。」
若い男は、か細い声で、涙目になって答える。
年配の男は、黙った後、ため息をまたつく。
「怒って悪かったな。」
「い、いえ。わかってもらえれば。」
「まぁいい。やってやる。いつまでにやればいいんだ?今は詰まってるから、あまり早くはできないぞ。」
年配の男は、悪態をつきながら作業中の試験機に取り掛かろうとして、若い男が答えないことに気が付いた。
振り向くと、かなり、ばつが悪い表情で止まっている。
「なんだ?」
「今から、お願いしたいんです。」
「は?今って、他の試験をしているところだぞ。」
黙って、俯いてしまう若い男。
「いつまでに結果を出せばいいんだ?」
「きょ、今日中に持って来いと、言われてます。」
真っ赤になっていく年配の男、だが、口を開きかけて止まり、顔をくしゃくしゃにして試験機に突進した。
暫くして、試験前と思える試料を取り出すと、トレーを手にする。
「あっ。小さすぎるぞ、どうしろってんだ。」
ぶつぶつと文句を言いながら、取り付ける為のサポートをいじくりまわし、
「よし!なんとかついた。」
試験機から顔を離して、破片が飛び散らないようにするカバーを閉じ、コントロールするコンピュータへ、と、
「あのぅ。」
消え入りそうな声に、思わず、声を出した若い男を睨み付けた。
「なんだ?」
かなり酷い形相をしているだろうな、年配の男は自認していた。若い男がガタガタと震えている姿が、それを裏付けている。
若い男は、もっと小さい声で答えた。
「かなり脆いから、注意しろ。と、、、。」
「、、、、、。おい。それを調べる為の試験じゃないのか?わかっているなら、なんで、調べる必要があるんだ?」
「どこか一つに頼むと、公平性の問題がある。とか、、、、。」
過ぎると、怒る気にすらならないってのは、本当なんだな。
悟った彼は、数回、頭を振ると、コンピュータの前に戻った。
慣れた手つきで、キーとパネルを操作して、必要な値を打ち込んでいく。
カチャカチャ、パチパチだけが響き、全部を打ち込んだところで、彼は、スタートのボタンを押した。
ビー、と、起動の警告音が鳴り響き、すぐに、ビー、と、終了を示すブザーが響く。
「えっ、もう?」
若い男がモニターを見ると、終了と表示されていて、測定結果が次々と出てきている。
「ちっ。外れたのか?そんなはずは。」
年配の男が、カバーの窓から中を確認すると、小さいクリスタルが、更に小さくなって散らばっている。
「いいみたいだ。俺は結果を確認するから、お前は試料を回収して、持っていけるように準備しろ。」
彼がコンピュータの前に座り、頷いた若い男は、試験機のカバーを開け、試料の回収を始めた。
くしゅん!
試験機に顔を突っ込んでいた若い男が、突然、くしゃみをする。
「バカ!何やってんだ!ぶちまけたのか?!」
年配の男がガチャンと椅子から立ち上がる。
「あっ。大丈夫です。大きいのは拾いました。細かいのが飛び散っただけです。」
「気を付けろ。」
「すいません。」
年配の男は、椅子に座ると、再びキーを叩きだし、近くに来た若い男にUSBメモリーを差し出した。
「データだ。掃除は必要ない、明日の午前中に掃除屋が来るとか言っていた。さっさと行け。」
「わかりました。ありがとうございます。」
急いで出ていく若い男を見送った彼は、少しの間、イライラと机の隅を指で小突くと、途中になっていた作業を始めた。
翌日。
昼の前ほどに、清掃員の男が建物から出てくる。
朝から行っていた掃除は、床だけとは言え、他よりかなりうるさく言われる為、それなりに面倒だった。
吸殻入れが置いてある、敷地内の小さな広場で建物に寄りかかり、モップと、バケツを脇に置くと、男は、煙草に火をつけた。
のんびりと上がっていく煙を眺め、吸っては吐いて、と、繰り返す。
少しして、煙草の先にできた灰を、トントンと、脇に置いてあるバケツに向かって落とした。
ドバン!
バケツが吹き飛び、男は意識を失った。
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