第20話 修行に明け暮れる 2 (戦闘編)

 三下は、ダンボールを部屋の隅に適当に置くと、迷彩柄の上着を取り出した。

 ほつれや、擦れが目立つものの、生地は丈夫そうで、十分にまだ使えそうに見える。

 着てみると、少し重いが、それが、微小に安心感を与えてくれる。


 と、流石にここから着ていくと目立つな。


 ファッションに五月蠅い集落ではないが、三下の年齢を誰もが知っている中で、この上着は流石に不味い。

 三下は、上着を脱いで、リュックに放り込むと、自分で補修した上着を着こんだ。

 後は、適当に食事などを済ませ、ダンジョンに向かった。





 林道に入ると、三下は、突いてみたり、蹴ってみたりを始める。

 体力を急激に引き上げるのは難しいが、攻撃力は、ほとんど素人の三下には技術的な問題が多そうで、早く引き上げる余地があるように思えたからだ。

 とは言え、


 全くわからん。


 空打ちでは、威力の実感は、当然、全くない。


「どうするかね。」


 あれこれと、手足を動かしながら、ゲートをこえ、ダンジョンに入った三下は、思わず、最初のスライムに突きをだす。

 スライムは、バチャッ、と音を出しながらも、三下の腕が伸び切り、拳が止まったところで、その拳に絡みつく。


「うわっ、と、と。」


 慌ててスライムを拳から剥がすと、下に叩きつけて踏みつけた。

 三下は、スライムが消えたのを確認すると、足をどけ、クリスタルを拾った。


 考えるように動きを止め、少しして歩き出した三下は、次のスライムにも拳を突き出すが、今度は、突ききらず、当たった瞬間に拳を引いて、スライムが絡みつかないようにして、落ちたところを踏みつける。


 ちっ!


 いつもなら消えるスライムが、消えずに、足に絡みついたのだ。

 三下は、冷静に、スライムに絡みつかれた足を上げ、すぐさま踏み下ろす。


 つまり、今度は威力が無さすぎるわけね。


 二度踏みしたスライムが消えるのを確認して、クリスタルを拾うと、次へ、今度は、蹴ってみる。

 流石に、拳のように素早く引くのは難しかった為、スライムは、消えずに、足に絡みつく。

 三下は、スライムが絡みついた状態で足を戻すと、足踏みをするように、スライムを踏みつけた。


 蹴りでも一撃じゃないのかよ。


 自分の攻撃力のなさに気が付いた三下の肩がストンと落ちる。

 暫く、漂うように立ちすくむ三下だったが、ゆっくりと額を指で掻いて、ダンジョンの奥へ目を向けた。


「考えてみれば、一回で倒せるようになる。ってことは、極端な話、攻撃力は倍、半分の回数でゴブリンを倒せる、ってことだ。」


 三下は、数回頷くと、歩き出した。





 バチャッ、と、落ちたところを、二回踏む。


「おっとぉ。」

 

 拳に絡みつかれ、剥がして、叩きつけ、踏みつける。


 三下は、まずは突きから、と、飛び掛かってくるスライムを殴り続け、一回目の一層目ボスゴブリンを前と同じぐらいの数、蹴ったり殴ったりして倒し、続いて二層目の飛び掛かってくるスライムを殴り、二層目ボスゴブリンの手前で引き返し、リポップまで休憩しながら移動して、リポップしてからは、また飛び掛かってくるスライムを殴りながら、一層目ボスゴブリンのところに戻っていた。


 いきなり失敗してるじゃないか。


 考えるまでもなく、倍以上に体を動かしてきたため、先日よりも疲労している。


「あほか、俺は。」


 呟くも、疲労が回復するわけではない。

 休憩することも考えたが、中途半端では逆効果になりそうで、選ぶ気はしない。


「最悪、逃げるだな。」


 ため息をつきながら、進み出る。


 横を向いていたゴブリンが動き出し、三下に向き直る。

 一瞬、睨み合い、三下が構えると同時に、ゴブリンが走り出した。

 三下は、ゴブリンの後ろに見える一層目への出口に目をやると、彼を引っ掻く為に振り下ろされた爪を、早めに下がって躱す。

 一回、二回、と、壁際に追い詰められないように、緩く円を描くように下がりながらタイミングを計る三下。


 どんなに考えても、逆関節は当たる。どうするかね。


 走ってきては、右腕を振り下ろすだけのゴブリンを観察する三下は、更に数回躱したところで、行動に出た。

 距離を離しながら、ゴブリンの右へ回り込み、腕を振り下ろしたところで、一瞬、止まっている肩へ、左のフックで攻撃。

 

 よろめき、足を出して支えようとするゴブリン。


 いけるか?


 姿勢をなおしている間に離れる三下。


 向きを変えて、止まることなく走り出すゴブリン。


 三下は、早めに動いて、またもや、ゴブリンの右へ回り込もうとする。


 が。


 しまった!


 ゴブリンが左で攻撃しようとしたからだ。

 

 三下を追うように体の向きを変えながら、左腕を振り下ろしてくるゴブリン。


 気が付くと同時に、離れようとした三下の右肩に、ゴブリンの爪がかかり、袈裟懸けに傷をつける。


 三下は、とにかく動いて距離をとり、ゴブリンは、一太刀入れた余裕か、慌てて離れる三下を悠然と眺め、両腕を上げた。



 あほか!


 睨みあうだけの動かない空白の時間の中、痛みと、油断していた自分に対する怒りで、三下にスイッチが入る。


 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。


 軽く構え、ゴブリンを睨みつけたまま、イメージをまとめる。


 三下は、走り出し。


 ゴブリンは動かず、引っ掻く為に、右肩を引く。


 近づいた三下は、その腕の肘より少し上を、左手をひねるようにして掴み、座り込むようにゴブリンに背を向け、同時に、自分の右腕を曲げつつ、肘を、ゴブリンの右脇にあたりに押し付けた。


 次に。


 左手を引き、右肘を押し上げるように体を伸ばす。


 ゴブリンの長い爪が、三下の脇の下にあたり、痛みが走るが、無視し。


 三下は、背中に担いだゴブリンを、思いっきり、下に叩きつけた。


 一本背負いだ。


 脇にあたっていた爪が、ゴブリンの動きに合わせて、三下の体に傷をつけていく。


「クゥハ。」


 叩きつけられ、漏れたような声を上げるゴブリン。


 三下は、素早く手を放すと離れた。


「まだ消えないのかよ!」 


 何事もなかったかのように立ち上がったゴブリンを見て、三下は、声を上げてしまう。


「カァァァァァァァ!」


 あきらかに怒って、叫びながら走ってくるゴブリン。


「ダメージを受けても、速さが変わらんなんて、ある意味、チートだぜ。」


 三下が、やけくそ気味に蹴りを出し、ゴブリンは、変わらず、顔面で蹴りを受け。



 消えていった。



「痛って。」


 座り込みそうになるが、痛みで、動けなくなることを直感した三下は、とぼとぼとリュックに向い、傷薬などを出して処置をして、別のシャツと、上着を着る。


「流石に、叩き落としていくか。」


 三下は、体力の限界点を超えて、痛みで止まっていられないだけの体を何とか動かして、歩き始めた。

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