第19話 修行に明け暮れる 2 (準備編 2 )
「ねぇ。そっちも出た?」
「うん?何が?」
三下は、迷彩柄の上着を持ち上げ、サイズを見ていた。
彼女は、一瞬、めまいがしたが、肩を落とした。
「あのね。怪物、オークとゴブリンに決まってるでしょ。」
「おー。悪い悪い、最初の日に出たよ。」
「あっ。出たんだ。こっちはさ、昨日、二回目が出たよ。私が借りてる部屋の近くでさ。」
「それは、大変だったね。」
ぼそぼそと、独り言のように話す彼女の声を、何とか聞き取り答える。
「大変って言うか。私、動画を撮るために慌てて服を着て、外に飛び出したんだけど、、、。」
「おいおい。よく無事で。」
彼女は、泣きそうに薄く笑いだす。
「あはは、、。無事も何も、姿が見えたところで、オークがこっちをチラッと見てさ。結構距離はあったんだけど、それだけでへたり込んじゃって。動画で見ているのと全く違って、迫力ってか、圧力ってか、とにかく、怖くって。避難しようとしてる人が助けてくれて、何とか離れたけど、怖くて。」
「まぁ。怪我もなくて、よかったじゃない。」
彼女は、三下ののんびりした物言いに、口を尖らせた。
「本当に、怖かったんだからね。とにかく、それで、また出るのかと思うと怖くて、まだ出ていないところに引っ越そうかなって。三下さんのところは、まだ、最初のだけなんでしょ?」
レジから、三下が見えるところに来た彼女は、暗く、思い詰めた目をしていた。
座り込んでいる三下は、彼女の目を真直ぐ見上げ、考えるように頭をかくと、渋い顔をした。
「わかるけど。あんまり意味がないと思うんだよな。」
「なっ。なんでよ?」
彼女が、怒ったように前に出る。
三下は、片手を上げて、それを止める。
「いや。多分、人口密度で出る確率が変わると思うんだよ。だからさ、出てないから、って、そこに人が集まったら、結局、人口密度が上がって、出る確率も上がって、、。」
「意味ないじゃない。じゃあ。どうすればいいのよ。」
更に、怒ったように言い寄る。
三下は、もう一度、片手を上げ、もう一方を顎に当てた。
「サバイバルとか、、。」
余程呆れたのか、落ちるように肩が下がる。
「理屈はわかるけど、無理に決まってるでしょ、今のご時世、サバイバルなんて。三下さんだって、、。もしかして、できるの?」
「完全サバイバルはないけど、野宿?今ならソロキャンなら何度もやってるし、好きな方だしね。」
彼女は、感心したように三下を見た。
「一応、男の人なんだね。ちょっと感心した。」
「これで感心されるなんて、前がどう見えていたか、聞きたいところだけど。」
苦笑する三下に、人の悪い笑みを浮かべると、
「なんにもできない、女好きなだけの、ただのおっさん。」
無言のままに、俯く三下。
「あはは。大丈夫、そこまでは思ってないから、せいぜいちょっと低いぐらいだから。」
「低いのは、低いんだ。」
力なく買い物かごを持って立ち上がる三下。
「そりゃあ。ハーレムより犬を選ぶんだから、仕方ないでしょ。これでいい?」
「ん。」
「ちょっと待って。て、重そうだから、こっち来て、そこに載せて。」
三下は、レジの後ろに行くと、指している量りに買い物かごを載せた。
値をメモをして、レジに向う彼女。
「仕方がないから、少しおまけしてあげるね。」
「そりゃ、ありがと。あと、できれば入れ物をもらえると助かるけど。」
「入ってたダンボール、一つにまとめてくれたら、空いた方をあげるから、それに入れて。」
「いいね。ありがと。」
三下は、ダンボールの中を適当にまとめて、空いた方に、買い物かごの中をぶちまけ、それを持ってレジの前に立った。
「こんだけだけど。」
「ん。」
「それで、次はいつ来るの?」
三下が、財布を出して、声で顔を上げると、機嫌よく彼女が笑っている。
「ここ?」
「夜の方に決まってるでしょ。」
軽く頬を膨らませる彼女。
「ええっと。」
「決まってないなら、来る前に私に電話して。」
「ええっと。」
「大丈夫。同伴も、指名もいらないから。私の携帯の番号、知ってる?」
「たっ、多分。」
「じゃあ、念のためにこれ。」
取り出した名刺を、勝手に三下の財布に押し込む。
「忘れてたら、怒るからね。」
にっこりと、背筋が凍るような、機嫌のいい笑みを見せると、受け取ったお金をレジにいれ、お釣りを差し出す。
「楽しみにしてるから。」
蛇に睨まれた蛙のように、三下は、あはは、っと、誤魔化し笑いを浮かべながら、ダンボールを持ち、車に向かった。
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