第18話 修行に明け暮れる 2 (準備編 1 )

 部屋に戻った三下は、眠い目をこすりながら破れた袖口を補修しようとしていた。

 適当な当て布を裏から当てつつ、適当に縫い付けるだけだが、明日には、また破れるかもしれない為、本当に適当だが、何しろ、ここ数日で手持ちの上着はどこかが破れてぼろぼろになってしまい、着て歩くにはかなり無理がでていたからだ。


「いてっ!」


 それほど不器用ではないが、とにかく眠い。

 三下は、何度か指に穴をあけながら縫い終わると、そのままテーブルにうつ伏せになっていびきをかきはじめた。





 朝方、かなり早く目が覚める三下。

 根性で適当に補修した袖口は、遠めに見ても、寝ぼけていたのがわかる出来栄えだ。


「くっそー、何かいい方法ねえかな。」


 とにかくすぐに破れるだろうから、ぼろでいい、中古でいいから適当に、と、思ったところで、三下は、補修した上着を着込んだ。

 車の鍵を手にして、駐車場に向かい、車に乗って、少し前まで勤めていた会社のある町へ向かった。


 急げは、渋滞前に行けそうだ。


 飯も食べずに寝てしまったことから、腹が減っていたが、渋滞にはまるよりはまし、と、少しアクセルを踏み込んだ。


 やっぱり、まだ開いてないな。


 上手く渋滞をかわし、コンビニで飯を用意した三下は、目的の店の来客用の駐車場に車を止めた。

 着いたところは、手芸用品店。

 この店は、ネットで、店の用品の使用デモとして、服の補修動画の投稿を始めたところ程々にあたり、ついでに、中古の服を補修して売り出していた。

 三下は、この店が、補修する価値のない服を、ジャンクとして置いていることを知っていた。


「おはよ。」


 車でうたた寝をしていた三下は、シャッターの開く音で目を覚ますと、開けている彼女に声を掛けた。


「おはようござい、あっ、おはよ。何で夜じゃないの?て、言うか。雰囲気変わってるみたいだけど。」


 彼女は、昼間はここで働いて、夜は、三下が時々行く店でキャバ嬢をしていた。


「べつに、何にもないけど?」


 三下は、思い当たりはない為、首をかしげて自分を見る彼女と同じように、首をかしげた。


「えっ、えっ。もしかして、同伴?私は全くオッケーだよ。店に電話しておくから、何時にする?」


 思いつくように目を輝かせた彼女が、テンポを上げる。


「待て、待て。違うから、同伴じゃないから。今日はこっちに用事があるから。」


 三下は、しゃべりだす彼女を止めると、店の方を指さした。


「そうなの?つまらない。それで、何?」


 本気で残念そうに肩を落とし、ため息調になった彼女は、扉の鍵を解除すると、開いて、中に入っていく。

 三下も、彼女に続いた。


「ここでさ、使いようがない服?奉仕品だったかな。あったよね。」


「あぁ。ジャンクね。そんなのがいるの?」


「んー。ちょっと、デカい犬の相手をすることになったんだけど、そいつ、引っ掻き癖があってさ、服がぼろぼろになっちゃうんで、何でもいいかなって。」


 突然止まって、不審げに三下を見る彼女。


「なっ、何?」


 彼女にぶつかりそうになりながら止まった三下は、その目線に嫌な予感を覚え、目線を逸らすように店内を見た。


「昨日だけど、会社の人が来たよ。」


「そっ、そう。」


 問い詰めるように話してくる彼女に、半歩下がる。


「会社、辞めた。って聞いたんだけど。」


「、、、、、、。」


「もしかして、それが新しい仕事?」


「まっ、まぁ、そうとも言える。、、、なぁ。」


「ソッコーで辞めた方がいいと思うけど。」


 彼女は、明らかに冷めた目で三下を見ると、ため息をついた。


「ジャンク。あそこ。」


 店の奥に向かって指を指す先に、奉仕品と書かれた紙が壁に貼ってあり、下に、大きいダンボールが置いてある。


「おぉ。ありがと。」


 三下は、ガラガラと崩れていく彼女の自分へ向けた評価を感じながら、逃げるようにダンボールへ歩き出した。


 レジにまわった彼女が明かりをつける。

 薄暗かった店内に、店らしい明るさが生まれ、おかげで、落ち切らずに済んだ三下は、少しほっとしながら、ダンボールの中を覗き見た。

 中は、ズボンやら、シャツやら、上着やら、一通りは、入っていそうだった。


 よし。


 三下は、そのままダンボールを持ち上げると、レジへ向かった。


「ちょっと、ちょっと。そんなに欲しいの?」


 ダンボールごど持ってくる三下に、驚く彼女。


「まぁ。これでいくらかなって。」


 しれっとした三下に、こめかみを押すようにため息をつく。


「えぇぇっと。着れないサイズのを持って行ってもしょうがないでしょ。」


「おっと。確かに。」


「そこで適当にやって。」


「はいよ。」


 彼女が示した、レジの脇の、少し空いている場所にダンボールを降ろす。


「そうだ。沢山欲しいなら、裏にもう一つあったから、出すのを手伝って。」


「あぁ。了解だ。」


 彼女と裏の倉庫に行くと、隅の方に同じぐらいの大きさのダンボールが置いてある。


「これなんだけど、そっち持ってくれる。」


「いや。これぐらいなら、一人でいいよ。」


 三下は、彼女の前に出ると、ダンボールを持ち上げた。


「えっ。本当?重いでしょ?」


「ん。軽いとは言わないけど、このくらいなら大丈夫だよ。」


「はー。変なところでちゃんと男の人なんだねー。この店、男の人いないから、力仕事が大変なのよね。」


 感心して見上げる彼女に、三下は、ちょっとだけ得意げになる。


「そうだ、なんなら、ここに就職する?犬の相手なんかより、ずっと増しだと思うけど。そうそう、それに、女の人しかいないから、三下さんお望みのハーレムだよ。」


「えっ。」


 思わずつまずきそうになる三下。彼女は、それに合わせるように立ち止まった。


「ハーレム?そっ、そんな話、したっけ?」


 三下は、夜の店での話の内容を、サッと思い出してみた。


 わりと、普通に話してるわ。


「何回も聞いてるけど。」


 裏付けるように答える彼女。


「ねっ。どう?犬の相手より、絶対いいでしょ。」


 にじり寄るように、押してくる。


「待て、待て。それ無理だから。」


「ちょっとぉ。ハーレムだよ。犬の相手なんかと比べるまでもないでしょ。」


「それは認めるけど、いろいろと大人の事情があってだね。」


 盛大にため息をついた彼女は、クルリと前を向いた。


「そんなこと言ってるから、独り身なんじゃないの。」


 あぐっ。


 だいぶダメージを受けるも、三下は何とか耐え、ダンボールを運び、仕訳を始めた。


「これに、いるやつを入れて。」


 彼女が、買い物かごを持って来て、三下の横に置く。


「あっ。ありがと。」


「ん。」

 

 彼女は、横を抜けると、レジの準備を始めた。

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