第14話 薬屋の女亭主。 浅見 綾夏(あさみ あやか)
三下が帰った後は、特に客が来る様子もなく、彼女は、ボーっとスマートフォンを眺めていた。
そして、彼女以外の誰も彼もも、同じ様にしていた。
奥では、両親もTVでほとんど同じ内容を見ている。
正しく、世界が注目していた。
「今、入った情報によりますと、負傷して帰還した隊員二名は、重傷ではあるものの、命にかかわることはなく、休養すれば現役復帰も可能とのことです。」
よかった。
薬屋をやっている手前、怪我などを見る場合もある為、だいたいわかってはいたが、確認ができればやはり安心する。
「しかし、突入からそろそろ一時間が経過していますが、他の隊員が帰還する様子はありません。安否が気遣われますが、全く状況はわかりません。待つしかない状況で、心配ばかりが募っていきます。」
試練への入り口。
さっきの三下の言葉を思い出し、彼が出ていった後を追うように、店の入り口へ目を向ける綾夏。
もし、そうだったとして、どうしろと?
ゲートの向こうにあるダンジョンは、訓練された隊員が怪我をする程に危険で、一般人である自分では到底ついていくことはできないと思えた。
彼女は、ため息をつくと、再びスマートフォンに目を向けた。
「一時間を越えました。隊員の装備から、長時間の活動は考えておらず、一時間が限度だと考えられていましたが、その一時間を過ぎた今も、ゲートから隊員が、、、いえ、今、一名!いえ、次々と隊員が出てきます!一人、二人、、八名、残っていた全員です。しかも、怪我をしている様子はありません。勇者です!今ここに勇者が誕生しました!!」
途中からいきなりテンションが上がり、隊員の帰還を祝い始めるアナウンサー。
綾夏は、安堵に肩を下げると、小さく、頭を掻いた。
ヒーローじゃなくて、勇者なのね。歳がバレちゃったかな?
「い、、いいけどさ。」
赤くなりながら、焦るように立ち上がった彼女は、スマートフォンの画面を切ると、配達の準備を始めた。
なんだか、めちゃくちゃ遠いぜ。
三下は、何とか林道を抜け、アスファルトで舗装された、普通の通りを歩いていた。
かなりゆっくりと。
集落の真ん中を通る一本道で、稀とはいえ、車が通ることもある場所であり、そんなところで座り込んで休むわけにはいかない為、林道出口で休んだものの、完璧な回復には程遠い為だ。
数台の車が、彼の横をすぎていき、何台目の車が、横で減速した。
「三下さん。」
朝方に聞いたばかりの声に、驚いて横を向く三下。
そこには、車の窓を開けて、こちらを見る綾夏がいた。
「あぁ。お疲れ、配達?」
三下は、止まって、疲れを取り繕うこともできずに、綾夏にかえす。
「うん。三下さんは、、、、。ぼろぼろみたいだけど、どうしたの?」
自分の様子を思い出した三下は、慌てて頭を動かした。
「あーーっと、ほら、犬とじゃれて筋肉痛じゃあ、格好悪いからさ、訓練に走ってたら、転んでさ。」
「そんなレベルじゃないように見えるけど?」
彼女から見た三下は、明らかに、転んだではなく、喧嘩でもしたかに見えていた。
「いや、ホント、ホント、全力疾走してる時に転んだから、勢いが強くてゴロゴロとしちゃって。」
その割には、服に土が付いてないわね、とは言わずに、誤魔化し笑いをしている三下を観察した綾夏は、俯くように目線をそらし、また、三下を見た。
「いいわ。丁度、帰るところなの、送ってあげるから、乗って。」
「えっ、えっ。そりゃあ助かるけど悪いよ。」
飛び上がるように驚いた三下は、慌てて、断ろうとする。
「あら。女の子が勇気を出して誘ってるのに断るなんて、よくないと思うけど。」
コロコロと笑いながら、ウィンクまでしてくれる綾夏に、三下は、ほほを掻きながら、即、降参した。
「あーー、確かに。そりゃあよくないね、じゃあ、よろしく頼むよ。」
「うん。乗って、乗って。」
彼女の明るい声に押されるように、リュックを前に持って助手席に座ると、扉を閉めて、シートベルトをつけた。
「ねえ。ズボンが破れてるけど、怪我してるんじゃない?本当に大丈夫?」
「おぅ。大丈夫、大丈夫。本当に、思ったより勢いがあったみたいでさ。」
幅がそろって裂けている様子は、木の枝でひっかけた痕ではないとわかるが、彼女は、話題を変えることにした。
「そう。いいけど。そうそう。無事とはいかなかったけど、全員戻ってきたわ。」
「え?」
「自衛隊の人達。」
車をスタートしながら、話題についてこれない三下に気を悪くする様子もなく答える綾夏。
「そう。そりゃあよかった。」
「ね。少しして、二人が怪我をした状態で戻ってきた時は、他の隊員はどうなった、で、凄い騒ぎなったけど、戻った二人の隊員が他の隊員は無事だ、て、言う速報が入ると一旦収まって、アナウンサーが一時間過ぎました、て、言ってる時に、残っていた隊員が戻ってきたの。」
「ほうほう。」
機嫌よく話す彼女に三下は、適当に相槌を打つ。
「それで、、、。話がかわるけど。」
「はいはい。」
ちらりとこちらを見る彼女に、聞いてるアピールをする。
「ヒーロー修業のことだけど、勇者修業にかえたいの。そのさ、残っていた隊員が戻ってきた時に、アナウンサーが勇者が誕生しました、て、言ってて、今は勇者って言うのが普通なんだなって思ったの。ヒーローって、おばさんくさいって思ったでしょ。」
「いやいや。それはないから。」
「本当?」
「ホント、ホント。何しろ、自分もその世代だから全く違和感なく、」
「それ、おばさんって言ってるけど。」
全く停止する三下。
静寂が、文字になって見えそうな時間が流れ、
「ごめん。」
三下は、素直に謝った。
冷や汗をかきながら、固まる三下が面白かったのか、綾夏は、クスクス笑いながら
「まぁ、今回は大目に見てあげる。そのかわりに、私がヒーローって言ったことは内緒ね。」
と、続けてくる。
「オーケー。大丈夫だ。絶対言わないから。」
「ん。と、ここでいい?」
綾夏は、三下の答えに満足そうに頷き、いつの間にか着いていた三下の住む安アパート前に車を止めた。
「助かったよ。本当に。」
「いえいえ。」
リュックを押して、カチャカチャとシートベルト外し、扉を開けようとした三下の耳に、沈んだ綾夏の声が聞こえた。
「ねえ、これ、いつなおると思う?」
三下が、扉を開けるのを止めて綾夏を見ると、その目線は、フロントガラスの向こう、先日の怪物被害そのままに、カラーコーンだけが増えた集落に向けられていた。
三下は、腕を組み、少し考える。
「そうだな。ちょっとわからないな。他では毎日のところもあるし、どう見ても、人手が足りないからな。」
「どうしたらいいと思う?」
そこはかとなく真剣な彼女に、三下は、思いつく一つの答えを慎重に放った。
「しゅ、修業とか、、、。」
再び静かになる車内。
怒ったかな?
三下にしてみれば、本気でそう思っているのだが、彼女にそれが理解してもらえるかは、わからない。
またもや大量の冷や汗をかきながら、黙っている彼女を横目で見る三下。
綾夏は、ハンドルに顔を伏せながら、肩を小刻みに震わせている。
聞こえてくるのは、笑い声。
三下は、彼女が怒っているわけではないことがわかると、息を吐きながら緊張を解いて、落ち着くのを待った。
「本当に、変な才能があるのね。お腹が筋肉痛になりそうなんだけど。」
ウケた理由がわからず、ほほを掻く三下に、ハンドルにしがみつくようにしながら、目を向ける綾夏
「期待しているから。」
「いや、そんな期待されても。」
「大丈夫。冗談だから。」
いたずらな輝きを秘めた目で、クスクス笑う綾夏
「そっ。そう。とりあえず、送ってくれて、本当に助かったよ。ありがと。」
綾夏の評価の低さに、ちょっと傷心しつつも、礼だけは言って、扉を開ける三下。
「いえいえ、お得意様ですから。あっ。待って、もう一つ忘れてた。」
扉を閉めたところで声が聞こえた三下は、開いている窓から中を覗いた。
「?」
「臭いからして、サンプルのシップ、今つけてるでしょ。それの感想のレポートを頼みたいの。」
「えっ?」
思いもつかない内容に、目が丸くなる。
「営業に、安くしてもらう代わりに、お客様の感想レポートを渡す約束をしてるの。今、一番使ってくれているのは、三下さんだから。ね。」
全く断られるとは思っていない笑顔に降参するしかない三下は、ため息をつく。
「テキストのファイルでいい?」
「後で私がパソコンで編集できるのなら何でもいいわ。たまに、編集できないのがあるから。」
三下の答えに、了承と受け取った彼女は、更に機嫌がよくなる。
「わかった。」
「よろしくね。」
機嫌よく、手まで振って帰っていく彼女の車を見送った三下は、思いっきり肩を落とすと、部屋へ向かった。
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