第5話 ゴブリン

 数分程に飛び掛かってくるスライムを、三下は、叩き落しては、踏みつけて、奥へと進んでいた。

 始めの数回は、一度叩き落した後、律儀に、もう一度、飛び掛かってくるのを待って、叩き落す、で、倒していたが、すぐに待つのが阿保らしくなり、叩き落すなり踏みつけてみると、上手くいった為、それを続けている。

 ちなみに、一度、見つけるなり踏みつけたが、それだけではスライムは消えず、足に絡みつかれてしまい、剥がすのに多少苦労する場面もあったが、おおむね順調に進んでいくと、一時間程進んだところで、開けた空間が見えてきた。


「もしかして、ボスか。」


 ここまでは、曲がったりはしたものの、枝分かれは全くなく、一本道。

 三下は、広い空間があるのはわかるものの、奥までは見えないように曲がっている、その、曲り角までくると、そっと、奥を覗き込んだ。

 空間は、直径が30メートル程、高さが6メートル程の円柱型。中心に緑色の何かがいた。


「ゴブリンか。」


 アパートの窓から見た、小型の二体と同じで、背は低く、短い脚に、かなり長い両腕をしている。

 手についている指は五本だが、爪が長く、太くしっかりしている。

 引っ掻くのがメインの攻撃で間違いないだろう。


 どうする?


 はっきりしているのは、素手の三下が殴ったぐらいでは、倒せないだろうと言うこと。

 空手の記憶がない訳ではないが、そんな昔の話をあてにはできない。


 銃か、刃物でもいいけど、包丁なんかはすぐに折れそうだしな。


 三下は、ゴブリンを眺めながら考えた。銃を使えばすぐなのはわかるが、ゲーム気分の今では簡単すぎて面白くない、第一、入手不可。包丁は悪くないが、一回ならともかく、何度も使うとなると強度が不安。


 とにかく、頑丈な棒か。となると、バールだな。


 考えがまとまった三下は、一度、部屋の真ん中で動くことなく立っているゴブリンを見ると、来た道を引き返し始めた。


 30分程引き返したところで、スライムが、三下に飛び掛かり始めた。

 リポップは一時間程のようで、三下は、スライムを叩いて踏んでと、ゲートへ向かった。





 集落に帰った三下は、早速、金物屋に向っていた。

 ホームセンターなんぞ、ありえない田舎だからだ。当然、地元民ではない三下といえども、亭主とはお互いを多少は知っていた。

 避難指示は解除されているらしく、亭主はレジの向こうに座っていた。


「あんたか。」


「お疲れ様。」


 歳も近く(三下が少し歳上)、おっさん同士ということもあり、ぼちぼち話はしている。


「大変なことになったな。」


 亭主が、ため息をつきつつ、三下を見る。


「さっきの怪物か?」


 三下の頭をよぎるオークとゴブリン。


「罰のことだよ。」

 

 亭主は、完全に黄昏状態で外を眺めている。


「何をやり過ぎたんだろうな。」


「さぁ、神の考えることはわからん。それより、バールはあるかい?」


 所狭しと物が並んでいる棚を見渡しながら、お目当ての場所を聞く三下。

 商売の話と気が付いた亭主は、気を取り直しつつ答えた。


「長さは選べないが、向こうから三つ目の棚の一番奥だ。」


「わかった。」


 行ってみると、ちょっと埃のかかった、40センチ程のバールが置いてある。

 三下は、手に取ると、適当に構えてみた。

 長さはこんなもの、重さも、バールとすればこんなもの、強度は、


 これが曲がるなんて、相当だぞ。


 三下は、一度、そのバールを軽く振ってレジへ向かった。


「いいかい。」


 亭主が確認してくる。


「ああ、いくらだ。」


 バールを手にして店から出ると、時間は丁度、昼ぐらいだった。

 三下は、一旦、部屋に戻って食事をした後、ダンジョンの入り口たるゲートに向うことにした。


 


 もう一度、ボス部屋を覗き見る。

 再びダンジョンに入った三下は、バールだと、スライム相手には小回りが利かなすぎることに気が付き、邪魔になるのを覚悟の上でバールをベルトに挟み込み、手で叩き落としていった。慣れてきたのか、危なげなくスライムを倒しつつ、ゴブリンのいるボス部屋に来ていた。

 相変わらず、動く様子もなく真ん中に立っているゴブリン。


 本当、ゲームそのままだな。


 数回深呼吸をした三下は、覚悟を決めるとバールを握りしめて、ゴブリンの前へ歩き出た。





 ゴブリンは、三下が部屋に入ると、少ししてスイッチが入ったかのように動き出した。


「キィ。」


 と声を出すとともに、両手を上げてこちらを威嚇してくる。

 三下が、慎重に距離を詰めると、程なくして走り出すゴブリン。


「遅。」


 思わず呟く三下。そう、遅い、バタバタ動いていることで、走っていることはわかるが、足が短いせいか遅い。

 簡単にタイミングを合わせて、バールを振り下ろす三下。

 ゴブリンは、上げていた左腕でバールを受ける。

 

「ちっ。」


 流石に、簡単にはいかないか。


 三下がそう思った、その時、ゴブリンの右腕が振られるのが視界の隅に見える。


 しまった!


 ゴブリンは、最初から左腕を捨てて、三下の懐に入るつもりだったのだ。

 必死になって、体をゴブリンから離そうとする三下。

 幸い、ゴブリンの動きが遅いことと、三下が少し早く気が付いたおかげで、少し酷い擦り傷程度でゴブリンの爪をかわしきる。

 が、ゴブリンの爪が、三下のシャツと左横っ腹の肉を削りとったことは確か。


「くっ。」

 

 その時になって、三下は、初めてゲームでないことに気が付いた。

 爪がかすった横っ腹からは、じくじくと痛みが走り、血が流れていくことがわかる。

 そう、これは殺し合いだった。

 しかも相手は、自分を殺すためだけのモンスターで、多少傷を受けようが、消えようが、リポップできるが、自分は、傷を受けてもすぐに治ることはなく、死ねば終わり。


 こいつは、、、、。


 三下の心に、死、の恐怖が浮かび上がり、それが、ゆっくりと身体も支配していく。


「キィ。」


 ゴブリンが、再び攻撃するために踏み出しで来る。

 三下は、たたらを踏みながら後退し、距離を置く。


 逃げるか?


 位置が変わって、三下の横に見える入口。

 ゴブリンの足の遅さから、三下が全力で走れば、逃げ切れる確率は高そうだった。

 ゆっくりと、右腕だけ上げて、油断なく近付いてくるゴブリン。

 三下は、ゴブリンの進みに合わせてさがりながら、チラチラと入口を見ていた。


 その時。


 背中が、壁にあたる。


 いつの間にか、三下は、部屋の壁際に追い詰められていたのだ。


 しまっ!


 一瞬にして、最後への恐怖に支配される三下。

 恐怖に目を見開く三下の目の前で、ゴブリンは、勝利を確信して、ニヤリと笑った。


 しかし、それを見た三下の中で、何かが切り替わった。


 今まで、上から目線で言ってくる上司に、反発はするものの、結局は、辞めることで逃げてきた三下。彼には、ゴブリンの勝利への確信の笑みが、それら上司が辞める時に自分に向けて笑う顔に重なって見えたのだ。


 逃げてはダメだ。


 と、考えるより先に体が動き出す三下。


「わああああああ!」

 

 雄たけびを上げ、いつの間にか下がっていたバールを、引きずるように走り出す。

 ゴブリンは、一瞬、驚いたように動きを止めるも、すぐさま右腕を上げ、三下に向かって振り下ろす。

 三下は、そのゴブリンの腕を、引きずるように持っていたバールで、下からたたき上げた。


 ガン。


 鈍い音が響き、バールがゴブリンの腕を跳ね上げ、その勢いで、仰け反るゴブリン。

 バールを大振りした三下は、ゴブリンがふらつく間に姿勢をなおすと、バールを振り上げながら踏み込んだ。


 そして。


 なんとか倒れずに踏みとどまり、上半身を起こしたゴブリンの頭部へ叩きつける。


 何とも言えない衝撃がバールを伝って、ゴブリンは、崩れ落ちる様子もなく消えていく。

 後には、小さなクリスタルが残った。





 三下が、ゲートを抜け外に出ると、かなり日暮れが近付いていた。

 傷に、枝などがあたらないように気を付けながら、短い林を通って林道に出た三下は、傷そのものは、擦り傷より少し酷い程度でも、場所が場所だけに、見た目はスプラッターな状態を、どうやって隠そうか考えつつ、集落へ急いだ。


「ふう。」


 日暮れがすぎた集落は、夜遊びするような場所もないことから、外に人気は全くなく、街灯も少ないことから、三下は、誰にも見られることなく、自分の部屋に戻っていた。

 すぐさま押入れから、付き合いで持っている医療セットを探し出し、適当に処置をする。


 まぁ、いろいろと汚さなければいいだろ。


 と、包帯を巻き終えた三下は、とにかく休むために寝ることにした。

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