第18話 異形のメイド

 わたしは玄関ホールで見つかったクレアの遺体を思い出していた。あの遺体の傷は、さっきノアールを襲った人狼がやったのではないか?


「まさか、お嬢様がクレアのように・・・」


 脳裏に過った懸念が独り言になる。


「大丈夫です。あなたが、こちらにいますから」


 わたしが?ノアールの言うことが分からなかった。


「だって、これらの魔を引き寄せたのはなんですよ」



 ズレた世界の玄関ホールに広がっていた霧が、目の前で一箇所に集まり始めた。霧は白い塊となってやはり人形に変わった。御屋敷のメイド服を纏う異形のモノが、わたしとノアールの前に立ち塞がった。


「これは、なかなかですねえ」


 異形のモノの顔は、クレアに似ているような気がした。


「取り敢えず、鉄の剣を手放さないようにして下さい。相手が相手ですから、無いよりマシなお守りにしかなりませんが」


 両腕を拘束されたままでノアールは一歩踏み出して、わたしの前に立った。

 異形のメイドは右手を振った。すると空気を裂く音がして、ノアールの右脚が切断されてしまった。尻餅をついた状態から上半身を起こして左膝を立てるノアール。

 左脚に巻き付いていた蛇の頭を持つ4本の触手が伸びて、異形のメイドを襲う。



 異形のメイドは、ノアールの触手に少しずつ身体を削り取られている。空気を裂く動きも触手に邪魔されて、放つことができない。


「あなたは立派な戦士でした。たくさんの敵を倒し、そして心ならずも味方も手にかけなければならなかった。それに、怖じ気づいてしまったんです」


「・・・」


「怖じ気づいた・・・は、正しくないですね。『人を殺すことが恐くなった』と言うべきでしょうか。だから、あなたは戦場に行かずに、お嬢様の護衛をお役目にしたんです」


 その通りだった。


「戦場の死は呪いになりません。でも、あなたはそれを自分への呪いにしてしまったんです」



 異形のメイドは戦い方を変えた。両手から炎を出して、それを剣のように伸ばして振り回す。ノアールの蛇の頭を持つ触手を、炎の剣が切り裂く。触手は再生してまた異形のメイドを襲う。そしてまた炎の剣が断ち切る・・・一進一退の攻防になった。


「呪いの紅玉ルビーに集まる魔に大きな力はありません。心の弱さを刺激して病気にしたり、他人の邪心を刺激して強盗をさせるくらいです。でも、そこに自分自身を呪うあなたがいたんです」


 ノアールの触手の再生が鈍くなった気がする。


「あなたが呼び寄せた魔と、呪いの紅玉ルビーに集まる魔が共鳴してしまいました。それが、目の前のです」

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