第17話 御屋敷へ

 オオォォォォーン

 人狼は、咆哮をあげながら鋭い牙をノアールに突き立てた。噛みつかれたノアールの左肩からは鮮血が吹き出して、肉が抉られている。


「もう!せっかくのドレスに孔があいてしまいました」


 ノアールの声は、憤怒がこもっているように聞こえた。だが、人狼は勝ち誇るかのようにノアールの肩口から、口を離して爪を立てた右腕を高々と振り上げる。

 ギャイン

 ギャイン

 だが。人狼の右腕は振り下ろされることなく、悲鳴のような鳴き声を上げて、ノアールから脱兎のごとく飛び離れた。距離をとり、背中を丸めて上目遣いにノアールを見ならがらグルグルと唸っている。



 ノアールのドレスのスカートは、左側が突き破られていた。そこから4本の触手が伸びている。

 鱗状の触手は、一本一本が蛇の胴体のように見えた。その先端部分には、やはり牙を持つ蛇の頭がついている。


「許しませんよ」


 いつになく、強い口調のノアール。スカートの切れ目から4本の触手をウネウネさせながら、人狼との距離を縮める。

 ノアールが一歩進むと、人狼は飛び跳ねて一歩下がる。ノアールの触手が伸びる気配を見せた途端に、人狼は背中を見せて逃げ去った。

 逃げ去る先は、御屋敷だ。



 ノアールは血にまみれているように見えたが、既に身体の傷は治っていた。血を拭き取ったあとの白い肌には痕すらない。


「大丈夫なの?」


「妾は大丈夫ですが、ドレスは直りません。せっかくのスカートを自分で裂いてしまうなんて悔しいです」


 あの、4本の蛇のような触手は、スカートを突き破って伸ばした。ウネウネと動かしたせいで、スカートはあちこちが引き裂かれている。


「ごめんね。大丈夫なら、急いで欲しいの。お嬢様が危ない」


「はい、急ぎましょう」


 そう言うとノアールは立ち上がって、歩き出した。白い靄は今もノアールに巻き付いて両腕を拘束したままだが、全く意に介していない。



 わたしとノアールは、扉を開けて御屋敷の中に入った。この扉は、本当なら常に中から施錠されているはずだ。でも、ズレた世界は違った。


「全く本物の世界と同じってわけじゃないんだね」


「妾たちを誘い込むためですから。いろいろと魔に都合よくなってるはずですよ」


 御屋敷の中に入った途端に、ノアールを拘束する白い靄が、より白く太くなったよう見えた。


「ノアール、白い靄が!」


「やっぱり、御屋敷の中の方が濃いのですね。ちょっと、お胸が苦しいです」


 ノアールは暢気のんきな声で笑っているのだが、それを見ているわたしは気が気ではない。

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