第15話 レイドリク伯

 一緒に御屋敷に向かいながら、ノアールは身に付けた衣服に大はしゃぎだった。わたしの前でくるくる回りながら、似合うかどうかを何度も問いかけてくる。


「本当に、似合いますか?」


「ああ、よく似合ってるよ」


 いつも羽織っていた黒いローブは、わたしが持たされている。

 回転するとスカートの裾が持ち上げられて、触手の巻き付いた左脚が見え隠れするから、おとなしくさせておいた方がいいのだが・・・喜んでいるんだから仕方ない。鉤爪のついた右手を通すために右肩から袖を切り落としたが、緑色のドレスはノアールの黒髪をよく映えさせている。

 女のわたしから見ても美女である。人間であったなら・・・だが。

 これで胸元に紅玉ルビーがあれば、射干玉色の眸をこの上なく引き立たせるだろう。



「あの紅玉ルビーは、一体何なの?」


 わたしがお嬢様の護衛役につく前の話。すでに噂に尾ヒレがついたかも知れないのだが、御屋敷では「呪われた紅玉ルビー」と確かに呼ばれていた。

 領主レイドリク伯の奥方様は、この紅玉ルビーの首飾りを贈られてから体調を崩しはじめた。御屋敷にも怪音が響いたり、白いもやのような人形の目撃もあった。奥方が別荘へ移られてから、御屋敷の異変が収まったと言うから更に噂になったようだ。

 奥方が亡くなり、お嬢様が「お母様の形見」として紅玉ルビーの首飾りを引き取るときには、執事をはじめ古くからの使用人は反対していたらしい。


「別に、よくある話です」


 妙にあっけらかんとした口調でノアールは言い放つ。


「立派な紅玉ルビーですから、多くの人たちが所有を争って血を流しました。レイドリク伯もその一人です。ただ・・・」


「ただ?」


「レイドリク伯が、戦の中で紅玉ルビー手に入れた・・・と言うのは嘘です。レイドリク伯は、紅玉ルビーを手に入れるためにある一族を襲いました。戦と何の関係のない一族を」


「・・・」


「口封じのために一族をみな根絶やしにしました。冤罪や誣告による無実の罪による死は、それだけで呪いとなって魔を呼び込みます」


 ゾッとした。それなら罪を贖うべきはレイドリク伯ではないか。奥方もお嬢様も、単に巻き添えになっただけだ。


「お嬢様も御屋敷のみんなも、誰も関係ないじゃないか!」


「呪いの一部となってしまった意識は、何も見えない何も聞こえない世界で恨みだけを抱えて永劫の中に閉じ込められてしまいます。そうして自我の境界すら溶けて、たくさんの恨みの中へ埋没するんです。そんな中で、呪う対象を選べると思いますか?」


 ノアールの問いかけに、わたしは答えられなかった。

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